マーケット基準手法:③例外規定(2) 具体的な論点

· 例外規定,MBM

例外規定(レガシー条項)をどう設計するのか

Scope 2改定は既存契約をどこまで守り、どこから将来に委ねるのか

Scope 2改定において、同時同量(Temporal correlation)や供給可能性(Deliverability)が注目を集める一方で、実務者にとって極めて重要なのが、これらの新要件に対する「例外規定」、とりわけレガシー条項の設計です。レガシー条項は、単なる経過措置ではありません。それは、新基準が過去の投資や契約をどのように扱い、将来に向けてどのような移行経路を描こうとしているのかを示す、制度全体の思想を映す要素です。

GHG Protocolは、Scope 2 Standard Development Plan(SDP)およびScope 2 パブリック・コンサルテーション文書を通じて、例外規定を付随的な論点ではなく、新基準を機能させるために不可欠な構成要素として位置づけています。背景にあるのは、「過去の合理的な意思決定を後出しで否定しない」という、GHG Protocolが一貫して重視してきた原則です。

例外規定を構成する三つの柱

既存契約・免除・段階的厳格化

Section image

第一に、改定前に締結された既存(レガシー)契約の取り扱いです。コーポレートPPAや長期の証書オフテイク契約など、当時有効だったScope 2ルールに基づいて締結された契約については、たとえ新たに導入される同時同量や供給可能性の要件を満たしていなくても、一定の条件下で適格性を維持することが支持されています。Technical Working Group(TWG)およびIndependent Standards Board(ISB)の投票結果でも、この考え方は明確に支持されています。

第二に、一定量の免除です。新要件の影響が大きいことを踏まえ、Scope 2全体のうち限定的な割合については、要件を満たしていなくても認める案が検討されています。具体的には5〜10%といったレンジが議論されていますが、品質基準やインベントリの信頼性との整合性については、依然として慎重な意見が多く、賛否が分かれている論点です。

第三に、新規要件の段階的導入、すなわち段階的厳格化です。改定版コーポレートスタンダードは、2027年末頃の最終化が想定されていますが、最終化と同時に全面適用するのではなく、複数年にわたって段階的に要件を適用していく案が検討されています。これは、データ整備や契約設計、システム対応に現実的な準備期間を与えるための設計です。

例外規定を巡る具体的な論点

制度設計の「分岐点」はどこにあるのか

ここからは、パブリック・コンサルテーションで明示的に提示されている、レガシー条項を巡る具体的な論点を整理します。これらは、単なる技術論ではなく、制度の思想や市場への影響を左右する分岐点です。

1. 「長期」契約とは何を指すのか

最初の論点は、レガシー条項の対象となる「長期契約」をどう定義するかです。一つの案は、10年、15年、20年といったX年以上の契約期間を基準にする方法です。一方で、契約期間に関わらず、当時のScope 2ルールに基づき適格性を満たして締結された契約はすべて対象とする、という要件ベースの考え方も提示されています。

後者は、形式的な年数よりも、当時の合理性と投資実態を重視する設計であり、短期契約であっても実質的に同様の投資リスクを伴うケースを排除しない点に特徴があります。

2. レガシー適格性の打切日はいつか

次に重要なのが、どの時点までに締結された契約をレガシーとして認めるかという「打切日」です。Scope 2標準の公表日を基準にする案、実施日や段階的導入後を基準にする案、あるいは主要要件が最終承認されるフェーズ1完了時点を基準にする案などが提示されています。

公表日基準は明確ですが、市場に与える影響は大きく、準備期間が不十分になる懸念があります。一方、実施日や段階導入後を基準とすれば、一定の猶予が確保される反面、駆け込み的な契約を誘発する可能性もあります。

3. どの要件を免除するのか

レガシー条項が免除すべき要件としては、同時同量と供給可能性の両方を免除する案、どちらか一方のみを免除する案が検討されています。両方を免除すれば既存契約はこれまで通り扱えますが、新基準との乖離は大きくなります。一方で、一部のみ免除する設計は、移行の方向性をより明確に示すことになります。

この論点は、Scope 2をどこまで行動誘導的な制度に近づけるかという、制度哲学とも深く関わっています。

4. レガシー契約由来のEACを第三者が主張できるか

レガシー適格契約に基づいて発行されたEACを第三者に売却した場合、その買い手がレガシー条項を用いて主張できるか、という論点も重要です。元のオフテイカーのみが主張可能とする案は、例外規定を契約関係に限定できますが、市場流動性は低下します。一方、買い手にも主張を認める案は、市場の柔軟性を保つ一方で、例外が拡散する懸念があります。

5. 年単位情報しかないレガシー証書とアワリーマッチング

年単位の発電情報しか持たないレガシー契約証書を、時間別消費とどうマッチングするかも避けて通れない論点です。任意の時間に割り当てる案、全時間帯に均等配分する案、推定された時間別ロードプロファイルに従う案などが検討されています。特に後者は、同時同量を完全に免除せず、技術的に近似させる現実的な妥協案として注目されています。

6. 複数地域で電力を消費する企業の場合

企業が複数地域で電力を消費している場合、供給可能性を満たさないレガシー証書をどの地域の消費にマッチさせるかという問題もあります。どの地域にも自由に割り当てる案、全地域に均等配分する案、主たる消費地に限定する案などが考えられます。この論点は、将来的な地域別Scope 2開示の方向性とも接続しています。

7. レガシー条項は恒久か、時間限定か

レガシー条項を恒久措置とするか、時間限定とするかも重要な分岐点です。完全な恒久措置を支持する声は限定的で、多くは、特定日付まで、建設日や契約締結日からX年まで、といった時間限定型、あるいは段階的に免除内容を縮小するモデルを現実的な選択肢と見ています。

8. レガシー条項の利用に関する開示

最後に、透明性の問題があります。TWGの投票では、レガシー条項の利用について「shall disclose(必須開示)」を支持する意見が過半を占めています。これは、例外を認めるからこそ、どの程度例外に依存しているのかを、利害関係者が判断できるようにすべきだという考え方の表れです。

GHGプロトコル事務局の準公式見解

レガシー条項に関しては、Q&Aの形で、以下のような準公式見解が示されています。

7. 提案された改訂では、既存の投資や長期契約(PPA など)はどのように考慮されていますか?

スコープ2パブリックコンサルテーションでは、品質基準の更新によってスコープ2インベントリへの計上資格が影響を受ける可能性のある、電力購入契約などの既存の長期契約手段の取り扱い方について、寄せられた幅広いフィードバックを概説しています。この問題に対処するため、コンサルテーションでは2つの移行アプローチが提示されています。

1つは、現行基準の既存手段を一定期間「レガシー条項」を適用し、これを適用範囲とするものです。もう1つは、一定のリードタイム後にすべての報告者が新しい要件に同時に移行することを求めるものです。この問題は、購入者への直接的な電力供給を伴わない金融的な電力購入契約またはバーチャル電力購入契約に最も関連している可能性があります。物理的な電力購入契約(PPA)など、報告者自身のグリッド地域内で物理的に電力を供給する契約は、スコープ2インベントリ内で引き続き完全に計上可能です。

レガシー条項により、組織は、契約手段が提案された時間単位のマッチングと配信可能性の要件を満たしていない場合でも、スコープ 2 の市場ベースの会計の範囲内で既存の取り決めからの契約手段をカウントできる可能性があります。

検討されている代替アプローチとして、単一の発効日を設定し、すべての報告企業が一定のリードタイム後に同時に新しい要件に移行するという方法があります。これにより、企業は既存の取決めの変更を検討する時間を持つことになります。このアプローチは、移行期間中に個別開示を行うことで裏付けられます。

スコープ2に関するパブリックコンサルテーションでは、レガシー条項の設計と、代替となる単一発効日アプローチに関する複数の質問が提示されており、それぞれの選択肢が報告組織と温室効果ガスプロトコル報告データの利用者にどのような影響を与えるかといった質問も含まれています。

レガシー条項の更なる策定に役立て、移行のための代替アプローチに関するフィードバックをご提供いただくため、コンサルテーションへの積極的なご参加をお願いいたします。

まとめ

レガシー条項が示すScope 2改定の本質

レガシー条項は、言ってみれば、Scope 2改定における「甘さ」ではありません。それは、制度の信頼性を維持しながら、より高度な要件へと移行するための安全装置です。重要なのは、既存契約を守るか否かではなく、どこまで、いつまで、どのように守るのかという設計です。

これらの論点はすべて、最終的な標準文書の中で明文化されることになりますが、その内容は、今まさに行われている議論と意見提出によって形づくられます。制度が固まる前のこの段階こそが、発電事業者、電力小売事業者、需要家にとって最も重要な局面だと言えるでしょう。

(ご案内)

一般社団法人アワリーマッチング推進協議会では、アワリーマッチングを通じた電力システムの実践的な脱炭素化に向け、国連24/7 Carbon-Free Energy CompactやEnergyTag といった国内外の多様なステークホルダーと継続的に情報交換・意見交換を行っています。

GHGプロトコルScope2改訂やそれに関連する国内外の諸制度・規制等に関する国際的な議論の動向を把握するだけでなく、日本の電力制度や事業実務の現実を踏まえた視点を共有し、より現実的で納得感のある制度設計につなげることを重視しています。

こうした議論の内容は、会員同士での情報共有・意見交換を通じて深化させるとともに、広報・広聴の観点から一部を対外的にも発信しています。

関係されるステークホルダーの皆様におかれましては、是非協議会への入会をご検討いただければ幸いです。

入会に当たっての費用(入会費・年会費等)は発生しません(2025年12月時点。今後は規定変更の可能性があります。)

ただし、勉強会・イベント・セミナー等への参加や一部のレポート等は有料となる場合があります。

入会に当たっては、当協議会の規程に基づき審査がございます。詳しくは「問い合わせ」欄からメールにてお問い合わせください。

また、別に取材や組織内外セミナー講師派遣にも対応いたしております。詳しくは「問い合わせ」欄からメールにてお問い合わせください。