マーケット基準手法:③例外規定(1) 既存(レガシー)契約・一定量の免除・過渡的取り扱いなど、「現実との接点」はどのように設計されているのか
マーケット基準手法:③例外規定(1) 既存(レガシー)契約・一定量の免除・過渡的取り扱いなど、「現実との接点」はどのように設計されているのか
Scope 2改定において、同時同量(Temporal correlation)や供給可能性(Deliverability)が注目を集める一方で、実務者にとって同じくらい重要なのが、これらの新要件に対する「例外規定」の設計です。例外規定は、新基準の理想像と、現実の電力取引・長期投資との間に生じる摩擦をどう緩和するかという問題を扱います。
Standard Development Plan(SDP)およびScope 2 パブリック・コンサルテーション文書
では、例外規定は付随的な論点ではなく、新基準を機能させるために不可欠な構成要素として整理されています。特に重要なのが、「既存(レガシー)契約」「一定量の免除」「新規要件の段階的導入」という三つの考え方です。
1). 既存(レガシー)契約
改定前の意思決定を否定しないための前提条件
最も明確に支持されている例外規定が、既存(レガシー)契約の取り扱いです。ここでいうレガシー契約とは、Scope 2改定前のルールを前提として締結された長期契約、すなわちコーポレートPPAや長期の証書オフテイク契約などを指します。
パブリック・コンサルテーションでは、こうした契約について、たとえ1時間同時同量や供給可能性といった新要件を満たしていなくても、一定の条件の下で引き続き適格性を認める案が示されています。これは、「過去の合理的な意思決定を、後出しで否定しない」という制度設計上の強いメッセージだと読み取れます。
この点については、GHG Protocolの標準策定プロセスを担うTechnical Working Group(TWG)およびIndependent Standards Board(ISB)においても、改定前に締結された長期契約の適格性維持を支持する投票結果が示されています。これらの契約をScope 2インベントリで使用する場合には、追加的な開示を求める方向性も示唆されていますが、「即時に使用不可とする」考え方は採られていません。
この整理は、発電事業者や金融機関にとって極めて重要です。再エネ発電所の建設やPPA締結は、当時有効だったScope 2ルールを前提に行われており、それを遡及的に無効化すれば、制度への信頼そのものが損なわれかねません。レガシー契約条項は、Scope 2改定が「断絶」ではなく「連続性のある進化」であることを示す基盤だと言えます。
2). 一定量の免除
理論と実装のギャップをどう扱うのか
二つ目の例外規定として検討されているのが、「一定量の免除」です。これは、Scope 2全体の中で、ごく一部については新要件を満たしていなくても認める、という考え方です。パブリック・コンサルテーションでは、たとえば全体の5~10%程度を上限とする限定的な免除案が示唆されています。
この案については、TWGおよびISBからのフィードバックも賛否が分かれています。一方では、すべてを厳格に適用すると、実務負担やデータ取得の困難さが過度に高まるという懸念が示されています。他方で、免除を認めることで、Quality Criteriaやインベントリの信頼性が損なわれるのではないか、という根本的な懸念も提示されています。
特に注意すべき点は、一定量の免除が「恒久的な抜け道」として設計されているわけではないことです。免除はあくまで、移行期における実務上の調整手段として検討されており、Scope 2の基本思想である透明性や比較可能性を損なわない範囲で、慎重に扱われるべきものとされています。
発電事業者や小売事業者にとっては、免除がどのような条件で認められるのか、需要家単位なのか、契約単位なのか、といった詳細設計が重要になります。需要家の立場から見ても、「免除に依存した調達」は将来のリスクになり得るため、戦略的にどう位置づけるかが問われます。

GHGプロトコル事務局の準公式見解
企業規模による免責条項に関しては、Q&Aの形で、以下のような準公式見解が示されています。
8. 提案における免責の具体的な基準と基準は何ですか?
技術ワーキンググループ(TWG)と独立規格委員会(ISB)はともに、閾値を下回る組織に対する時間単位マッチング要件の免除を支持していますが、具体的な閾値については、GHGプロトコルの意思決定基準と階層(付録A参照):整合性、影響度、実現可能性とのバランスを確保するために、追加の情報提供が必要です。検討中の選択肢としては、市場境界あたりの負荷量(GWh)に基づく負荷ベースの閾値、または企業レベルでの中小企業指定などがあります。スコープ2パブリックコンサルテーションには、免除閾値に関するいくつかの質問が含まれており、免除設計のさらなる発展のために、コンサルテーションへの積極的な参加を推奨します。
「いつから、どこまで」をどう現実化するのか
三つ目の柱が、新規要件の段階的導入、すなわち段階的厳格化です。パブリック・コンサルテーションでは、コーポレートスタンダード改定版の最終化後、すぐに全面適用するのではなく、複数年にわたって段階的に要件を適用していく案が検討されています。現時点では、改定版の最終化は2027年末頃が想定されています。
この考え方は、同時同量や供給可能性といった要件が、データ整備、システム改修、契約設計の見直しを伴うことを踏まえたものです。段階的導入は、企業や市場に「準備期間」を与えると同時に、初期段階で生じる課題をフィードバックとして取り込みながら制度を調整する余地を残します。
段階的厳格化は、レガシー契約条項や一定量の免除と組み合わさることで、Scope 2改定全体を「ショック」ではなく「移行プロセス」として成立させる役割を果たします。発電事業者、小売事業者、需要家のいずれにとっても、重要なのは「最終形」だけでなく、「そこに至る道筋」です。
例外規定が示すScope 2改定の本質
これら三つの例外規定に共通しているのは、Scope 2改定が理想論だけで設計されていない、という点です。GHG Protocolは、インベントリの信頼性を高める方向性を明確に示しつつも、現実の電力市場、長期投資、企業の意思決定との連続性を強く意識しています。
例外規定は、「甘さ」ではなく、「制度を成立させるための現実的な条件」です。同時同量や供給可能性といった新要件が機能するかどうかは、これらの例外規定がどのように設計され、どのように運用されるかに大きく左右されると言えるでしょう。