マーケット基準手法:④ 標準供給サービス(SSS) (1)SDPー設計図を読み解く

Scope 2 SDPが描く「自発性のない電力」の再整理

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④ 標準供給サービス(SSS)とは何か

Scope 2 SDPが描く「自発性のない電力」の再整理

Scope 2改定において、「標準供給サービス(Standard Supply Services:SSS)」は、同時同量や供給可能性ほど目立つ論点ではないものの、マーケットベース手法(MBM)の信頼性を根本から支える重要な位置づけを与えられています。SSSとは、企業や需要家が自らの意思で再生可能電力を選択・調達したわけではなく、制度や公共政策の結果として自動的に供給される電力を指す概念です。

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2024年12月に公表されたScope 2 Standard Development Plan(SDP)
では、このSSSが、Scope 2改定の中で明確な検討対象として取り上げられています。背景にあるのは、「自発的な行動による再エネ調達」と「制度によって割り当てられた非化石電源」を、同じマーケットベース主張として扱い続けてよいのか、という問題意識です。

SDPにおけるSSS論点の出発点

「選択していない電力」をどう扱うか

SDPがSSSを正面から扱っている理由は、Scope 2が本来、「企業の調達行動」を反映するインベントリであるという原点に立ち返っているからです。FIT制度、規制義務、デフォルトメニューなどにより供給される非化石電源は、需要家が再エネを選択した結果というよりも、制度設計の結果として供給されています。

SDPでは、このような電力供給をSSSとして整理し、マーケットベース手法の中でどのように扱うべきかを再検討すべき論点として明示しています。これは、SSSを否定するというよりも、「自発的な再エネ調達」と区別して扱う必要性を示唆するものです。

この問題意識は、GHG Protocolが公開しているScope 2の基本構造に関する解説とも整合しています。Scope 2は、ロケーションベース手法(LBM)とマーケットベース手法(MBM)を併用することで、電力消費の排出特性と調達行動の双方を可視化する仕組みです。SSSの扱いは、この二つの手法の役割分担に直接関係します。

SSSが問題視される理由

MBMの「行動シグナル」を歪める可能性

SDPが指摘しているのは、SSSを無制限にMBM主張として認め続けると、Scope 2が本来持つべき「行動シグナル」が弱まるという点です。たとえば、ある国や地域で、公共政策によって非化石電源の割合が高まった場合、需要家が何も行動しなくても、低排出係数を主張できる可能性があります。

これは、個別企業の努力を評価するというMBMの趣旨と、必ずしも一致しません。SDPでは、このようなSSS由来の主張が、追加性や自発性を伴う調達と同列に扱われることへの懸念が示されています。

この論点は、国際的にも共有されており、EnergyTagや国連24/7 Carbon-Free Energy Compactなどの議論においても、「制度による再エネ」と「企業の自発的調達」をどう区別するかが重要なテーマとなっています。

SDPが示すSSSの設計方向性

排除ではなく「主張の上限設定」

SDPの特徴は、SSSをマーケットベース手法から全面的に排除する立場を取っていない点にあります。代わりに示されているのは、「主張に上限を設ける」「扱いを限定する」といった設計オプションです。

具体的には、SSS由来の非化石電力について、MBMとして主張できる割合や範囲を制限することで、Scope 2報告におけるバランスを取る考え方が示唆されています。これは、SSSを完全にLBM側に押し戻すのではなく、MBMの中で「特別な扱い」を与えるという整理です。

このアプローチは、既存制度との整合性を保ちつつ、MBMの信頼性を高めるための現実的な折衷案だと考えられます。SDPがこの段階で具体的な数値や厳格なルールを定めていないのも、各国の制度差や市場構造を踏まえた設計が必要だからです。

SSSと他論点との関係

レガシー条項・供給可能性との接続

SDPを通読すると、SSSは単独で議論されているわけではなく、他の主要論点と密接に結びついていることが分かります。たとえば、レガシー条項との関係では、制度によって供給されてきた非化石電源を、どこまで既存の報告慣行として認めるのか、という問題が浮かび上がります。

また、供給可能性(Deliverability)との関係では、SSSが特定の地域やグリッドに紐づいている場合、その供給可能性をどのように評価するのかという論点も生じます。SDPは、これらの論点を切り離すのではなく、全体として整合的に設計すべきものとして整理しています。

SDP段階でSSSが示しているメッセージ

SDPにおけるSSSの位置づけは、「結論」ではなく「方向性」です。そこから読み取れるのは、Scope 2改定が、単に技術的な精緻化を目指しているのではなく、企業の行動と報告の関係を、より正確に結び直そうとしているというメッセージです。

SSSは、企業が何もしなくても享受できる低排出電力をどう扱うかという、Scope 2の根源的な問いを突きつけます。SDPは、この問いに対し、排除ではなく整理と制限というアプローチを示し、次のパブリック・コンサルテーション段階で、より具体的な設計を議論する土台を提供しています。

おわりに

標準供給サービス(SSS)は、一見すると地味な論点ですが、Scope 2改定の思想を最も端的に表しているテーマの一つです。SDPは、SSSを通じて、Scope 2が「制度の結果」を測るものなのか、「企業の選択」を測るものなのか、その境界を再定義しようとしています。

この整理は、今後のパブリック・コンサルテーション、そして最終的な標準文書の中で、さらに具体化されていくことになります。発電事業者、電力小売事業者、需要家のいずれにとっても、SSSの扱いが将来のScope 2報告にどのような影響を与えるのかを理解することは、長期的な投資や調達戦略を考える上で重要な視点になるでしょう。