激動する世界(2) アメリカはなぜ「オフセット」と「デジタル」を手放さなかったのか
激動する世界(2) アメリカはなぜ「オフセット」と「デジタル」を手放さなかったのか
2023年ドバイで起きた「静かな転換点」Nao Sakai
(注:本投稿は筆者個人の意見であり一般社団法人アワリーマッチング推進協議会の公式見解ではありません)
アメリカはなぜ「オフセット」と「デジタル」を手放さなかったのか
――振り子の政治と、多極化する世界の中で
気候変動を巡る国際議論を見ていると、ときどき不思議な感覚に陥ります。
つい数年前まで「正しい」とされていた考え方が、いつの間にか少し色あせて見えたり、逆に「もう終わった」と思われていた手法が、別の形で戻ってきたりするからです。
2023年のCOP28で発足したEnergy Transition Accelerator(ETA)や、その延長線上にあるオフセット活用の再評価も、そうした「揺り戻し」の一つとして見ることができます。

ただし、この動きを単純に「民主党が理想主義に回帰した」「アメリカが再び世界を主導しようとしている」と理解してしまうと、少し見誤るかもしれません。
アメリカは、もう以前のアメリカではない
まず前提として押さえておくべきなのは、アメリカの国力そのものが変化しているという点です。
トランプ政権以降、USAID(米国国際開発庁)の予算削減や組織縮小が象徴するように、アメリカはかつてのように「公的資金と人を大量に投じて途上国を支援する」余力を失いつつあります。
これは一時的な政権の気分というより、
- 財政赤字の慢性化
- 国内分断の深刻化
- 有権者の内向き志向
といった、構造的な変化の結果だと見る方が自然でしょう。
つまり、民主党であっても、もはや「理想だけで世界を引っ張る」ことは難しい。
ETAやオフセット再設計は、その現実を踏まえた「苦肉の策」とも読めます。
民主党と共和党は、対立しているようで実は振り子
アメリカ政治を長い目で見ると、民主党と共和党の政策は、しばしば振り子のように揺れます。
一方が理想を掲げれば、もう一方が現実を突きつける。
しかし完全に否定し合うというより、「やり方」を変えているだけ、という場面も少なくありません。
共和党が「政府は出過ぎるな」と言えば、
民主党は「市場と民間資金を使おう」と考える。
この文脈で見ると、民主党主導で進んだETAは、大きな政府による途上国支援ではなく、民間資金と市場設計に役割を委ねるアプローチでした。
これは一見、共和党的でもありますが、実際には「今のアメリカにできる現実解」だったとも言えます。
世界はすでに「多極化」のフェーズにある
もう一つ重要なのは、世界そのものが、もはやアメリカ一極ではないという点です。
中国、EU、インド、グローバルサウス。
それぞれが独自の論理と利害を持ち、アメリカの号令だけでは動かない時代になっています。
この状況で、かつてのように「援助します」「指導します」と言っても、説得力はありません。
むしろ求められているのは、参加したくなる枠組み、使いたくなる仕組みです。
ETAや高品質オフセット、さらには排出データやクレジットのデジタル管理は、まさにそのための「装置」だと見ることもできます。
デジタルは、新しい「影響力」の形かもしれない
ここで一つの仮説が浮かび上がります。
それは、デジタル化が、アメリカにとって新しい経済的・政治的影響力の翼(wing)になりうるという可能性です。
軍事派遣や巨額援助が難しい時代に、
- データの標準化
- 会計ルール
- クレジットの認証方法
- クラウド基盤
といった「見えにくいインフラ」を握ることは、静かな影響力になります。
これは陰謀論的に語る必要はありません。
むしろ、GAFAが世界経済で果たしてきた役割を見れば、自然な発想とも言えます。
オフセット復権は「後退」ではなく「適応」かもしれない
こうして見ると、アメリカのオフセット再評価は、
理想を諦めた結果というより、制約条件が変わった世界への適応とも読めます。
民主党政権であっても、
公的資金は限られている
- 世界は多極化している
- 国内政治は不安定
- その中で、「動かせるレバー」として選ばれたのが、
市場、民間、デジタル、そしてオフセットだったのかもしれません。
ここまで述べてきた見方は、あくまで一つの読み解きです。
アメリカがこの先どう舵を切るのか、民主党と共和党の振り子がどこに向かうのかは、誰にも断定できません。
ただ一つ言えるのは、
気候変動政策は、もはや環境だけの話ではなく、国力・産業・影響力の話になっているということです。
その中で、オフセットやデジタル化は、「是か非か」で切り捨てる対象ではなく、
どう使われ、誰が設計し、どこに主導権があるのかを見るべき対象になっています。
静かな変化ですが、世界は確実に、次の段階に入りつつあるのかもしれません。