激動する世界(3) 米国巨大企業同士でアワリーマッチングへの反応がなぜ異なるのか?

2023年ドバイで起きた「静かな転換点」Nao Sakai

· オピニオン

(注:本投稿は筆者個人の意見であり一般社団法人アワリーマッチング推進協議会の公式見解ではありません)

実業企業とデータ企業の違いから考える脱炭素のアプローチ

――アワリーマッチングと「追加性」をめぐる、もう一つの現実

企業の脱炭素の取り組みを見ていると、「同じ再生可能エネルギー」「同じScope 2」という言葉が使われていても、その意味合いや背景は企業ごとに大きく異なっていることに気づきます。その違いを考えるうえで、一つの重要な視点になるのが、「その企業の本質は何か」という点ではないでしょうか。

たとえば、GoogleやMicrosoftのような企業は、ビジネスの中核がデータであり、そのために大量のデータセンターを運営しています。一方で、Amazonやマクドナルドといった企業の本質は、いわゆる実業にあります。つまり、実際にモノをつくり、運び、店舗で販売し、世界中にリアルなサプライチェーンを張り巡らせている企業です。

この違いは、脱炭素の進め方や、その難易度に大きな影響を与えているように思われます。

データセンターの再エネ化と、実業の脱炭素の違い

データセンターを中心とする企業の場合、電力消費の多くは特定の拠点に集中しています。そのため、再エネ電力への切り替えやPPAの活用、さらにはアワリーマッチングといった手法を用いることで、Scope 2の脱炭素化を比較的進めやすい側面があります。

一方で、Amazonやマクドナルドのような実業企業では、話は一気に複雑になります。Amazonであれば、倉庫、物流センター、配送トラック、さらには商品を製造するサプライヤーまで含めると、排出源は世界中に分散しています。マクドナルドも同様で、店舗の電力使用だけでなく、食材の生産・加工・輸送といったサプライチェーン全体が排出と結びついています。

これらすべてを脱炭素化しようとすれば、まず店舗や拠点の再エネ化があり、次に配送トラックなどのEV化があり、そのうえで、それらを動かす電力を完全に再エネ化する必要があります。理想としては正しい方向性ですが、現時点でそれを一気に実現することは、コスト面でも実務面でも非常にハードルが高いのが実情です。

アワリーマッチングへの慎重な姿勢は不思議ではない

このような背景を踏まえると、実業企業がアワリーマッチングのような厳格な要件に対して、慎重な姿勢を示すことは決して不思議なことではありません。アワリーマッチングは、電力の使用時間と再エネ発電の時間を一致させるという点で、電力システム全体の高度化にとって重要な考え方です。

しかし、実業企業にとっては、アワリーマッチングを満たすために、サプライチェーンや物流、設備投資まで含めた大規模な構造転換が必要になる場合があります。たとえインセンティブが働いたとしても、「現実的にどこまで対応できるのか」という疑問が生じるのは、ごく自然な反応だと言えるでしょう。

それでも何もしないわけにはいかないという現実

一方で、何も対応しなければ、それはそれで別のリスクが生じます。環境対応が表面的なものにとどまれば、「見せかけの環境配慮」、いわゆるグリーンウォッシュと受け取られ、消費者や社会から厳しい目を向けられてしまいます。

Amazonやマクドナルドのように、一般消費者と直接向き合う企業にとって、環境対応はブランドや信頼と密接に結びついています。そのため、「すべてを一度に脱炭素化することは難しいが、できる限りのことを本気でやっている」という姿勢を、社会に対して分かりやすく示していく必要があります。

「追加性」というもう一つの現実的な選択肢

こうした文脈の中で、実業企業の一部が注目しているのが、アワリーマッチングとは異なる軸である**追加性(additionality)**を重視した取り組みです。これは、自社の電力使用と直接ひもづけるだけでなく、「新たな再生可能エネルギーを世の中に増やすこと」自体に価値を見いだす考え方です。

その代表的な例として知られているのが、Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏が設立したBezos Earth Fundです。この基金は、気候変動対策や自然保護を目的に、世界各地での再エネプロジェクトや環境分野への投資を行っています。途上国を含む地域での再エネ発電所建設支援も、その重要な取り組みの一つです。
https://www.bezosearthfund.org

Section image

Amazon自身も、サステナビリティ戦略の中で、再エネ投資やクライメート・プレッジを通じた追加的な取り組みを進めていることを明らかにしています。
https://sustainability.aboutamazon.com

業企業の立ち位置をどう見極めるか

このように見ていくと、アワリーマッチングを重視する企業と、追加性を重視する企業を、単純に優劣で比較することは適切ではないように思われます。それぞれの企業が置かれている事業構造や、排出の実態に応じて、現実的な選択肢が異なっているだけだからです。

重要なのは、その企業がどのような排出の当事者であり、どの部分に最も大きな責任を負っているのかを見極めたうえで、その取り組みを評価することではないでしょうか。

グローバル企業と標準化という視点

さらに視野を広げると、Amazonやマクドナルドといったグローバル企業の動きは、単なる個社戦略にとどまらず、世界共通のルールや基準をどのように設計していくかという標準化の議論とも深く結びついています。

アワリーマッチングを軸とした厳格なルールを重視する考え方と、追加性を重視した柔軟なアプローチを評価しようとする考え方。この二つは対立しているように見えることもありますが、実際には、どちらも「実効性のある脱炭素」を模索する過程で生まれてきたものだと考えられます。

日本としても、こうした実業企業の立ち位置や背景を丁寧に読み解きながら、国際的なルールづくりや基準の議論にどう関わっていくのかを考えていくことが重要になってきているのではないでしょうか。