激動する世界(1)
再エネオフセットを認めたCOPと、その背後で動く大国の思惑
激動する世界(1)
再エネオフセットを認めたCOPと、その背後で動く大国の思惑
2023年ドバイで起きた「静かな転換点」Nao Sakai
(注:本投稿は筆者個人の意見であり一般社団法人アワリーマッチング推進協議会の公式見解ではありません)
2023年のCOP28。開催地はドバイでした。
この年のCOPは、産油国開催という分かりやすい話題だけでなく、気候変動コミュニティの内側に、静かですが確かな違和感を残しました。
その象徴的な出来事が、Energy Transition Accelerator(ETA) の発足です。
これはCOP28の場で、米国政府、ロックフェラー財団、Bezos Earth Fundなどが中心となって発表された新しい枠組みで、公式にはロックフェラー財団の発表として確認できます。

この一文だけを見ると、何がそんなに問題なのか分からないかもしれません。しかし、ここ数年の気候政策の流れを知っている人ほど、この発表に少なからず驚きを覚えました。
「オフセットは使ってはいけない」という時代
ここ数年、気候政策の主導権は明らかにヨーロッパが握ってきました。
EUの政策当局、欧州の研究機関、環境NGOが中心となり、「オフセットはグリーンウォッシュの温床になりやすい」「企業はまず自分の排出を減らすべきだ」というメッセージが強く共有されてきました。
その流れの中で、24/7カーボンフリー電力(24/7CFE) やアワリーマッチングが注目されます。
「いつ電気を使ったのか」「その瞬間に本当に再エネがあったのか」を問うことで、排出の実態をより厳密に捉えようとする考え方です。
これは、規範とルールを重んじるヨーロッパらしいアプローチでした。
グリーン経済を、新しい倫理と制度の上に築こうとする発想です。
ドバイで示された、もう一つの答え
ところがドバイで、アメリカは少し違う問いを投げかけました。
「理想的なルールが整うのを待っていて、本当に世界の排出は減るのか?」
ETAは、その問いに対するアメリカなりの答えでした。
オフセットを全面否定するのではなく、“使い方を設計し直す”。
高品質であることを条件に、企業の資金を動かし、実際の発電転換を進める。
この構想には、AmazonやMcDonald’sなどの企業が関心を示していることも、PR Newswireの公式リリースで公表されています。
注目すべきは、これが共和党ではなく、民主党政権の下で主導されたという点です。
気候変動に懐疑的な勢力の勝利ではありません。
むしろ、気候行動を前提にしたうえで、「どうすれば現実に動くのか」を重視した判断だったと言えるでしょう。
ヨーロッパの規範、アメリカの実装
ここで、少し視点を引いてみます。
ヨーロッパが描いてきたグリーンエコノミーは、規範と制度の経済でした。
何を許さず、何を認めるのかを明確にし、その上で市場を設計する。
一方、アメリカはデジタルと金融の国です。
完璧な設計を待つより、まず動かす。
資金を流し、実装し、走りながら修正する。
ETAは、そのアメリカ的発想が、気候政策の中心に入り込んだ象徴的な出来事でした。
ヨーロッパ中心だった物語に、アメリカ西海岸のデジタルな思考が合流した瞬間だったとも言えます。
そしてEFPへ――点が線になる瞬間
このドバイでの出来事を起点に見ると、MetaやAmazonが関与する**Emissions First Partnership(EFP)**の動きも、一本の線でつながって見えてきます。
ETAが「実世界の排出削減を、どう資金で支えるか」を問うたのに対し、
EFPは「その削減を、企業の会計や報告の中で、どう評価するか」を問い直しています。
どちらも、24/7やアワリーマッチングを否定しているわけではありません。
ただ、それだけでは世界全体の排出削減は進まないのではないか、という違和感を共有しているように見えます。
日本は、この動きをどう見るべきか
ここで、日本の話に戻ってみたいと思います。
近年、日本ではサービス収支の赤字が社会問題として語られるようになっています。
クラウド、データ、プラットフォーム。気づけば多くの価値が、海外企業のサービスとして提供され、対価が海外に流れていく構造ができつつあります。
もし、電力取引や環境価値取引、排出データの管理や証明といった分野まで、すべてが海外のクラウドサービスとして提供されるようになったら、どうなるでしょうか。
経済的な観点だけでなく、経済安全保障という意味でも、無視できないテーマになってきます。
ここで大事なのは、「海外が悪い」という話ではありません。
ヨーロッパもアメリカも、気候変動を真剣に考えると同時に、自分たちの産業の基盤をどこに置くのかを本気で考えています。その思考が、GHGプロトコルやCOPの議論に投影されていると考えても、決して言い過ぎではないでしょう。
おわりに――気候変動は、産業の話でもある
気候変動は環境問題です。
しかし同時に、産業の話であり、経済の話であり、国のあり方の話でもあります。
ETAやEFPを巡る一連の動きは、そのことを静かに教えてくれます。
正しさを競うだけではなく、どう作り、どう守り、どう育てるのか。
日本も、このダイナミックな流れの中で、単なる「ルールの受け手」ではなく、自らの立ち位置を考えていく必要があるのかもしれません。
ドバイで起きた出来事は、そのことを考える、きっかけを私たちに投げかけているように思います。