マーケット基準手法:供給可能性 (1)SDPー設計図を読み解く

(Deliverability)はなぜSDPで正面から扱われたのか

Scope 2改定の設計図から読み解く市場境界の再定義

· MBM,供給可能性

Scope 2改定を巡る議論の中で、「同時同量(Temporal correlation)」と並んで中核論点として浮かび上がっているのが、供給可能性(Deliverability)です。供給可能性とは、マーケットベース手法(MBM)において主張される再生可能電力が、時間的に一致しているだけでなく、地理的・系統的にも実際に当該消費地点へ供給されうる範囲にあるかどうかを問う概念です。この論点は、2024年12月に公表された Scope 2 Standard Development Plan(SDP) において、初めて明確に「改定の正式論点」として位置づけられました。

SDPは、Scope 2 Standard第二版に向けた設計図であり、どの論点を扱い、どの順序で、どこまで踏み込むのかを整理する文書です。その中で供給可能性が登場する背景には、2015年版Scope 2 Guidanceの運用を通じて顕在化した、マーケットベース手法の信頼性に対する根本的な問題意識があります。すなわち、契約上は再生可能電力を調達していると主張できても、その電源が物理的にどこで発電され、どの系統に接続され、実際に需要地へ届けられる可能性があるのかが、十分に考慮されてこなかったという点です。

SDPでは、この問題を Scope 2 Quality Criteria の見直しという形で整理しています。Quality Criteriaとは、エネルギー属性証書(EAC)やPPAといった契約手段が、Scope 2排出量算定に用いてよいかどうかを判断するための入口条件です。SDPは、このQuality Criteriaを、単なる形式要件ではなく、インベントリとしての信頼性を担保する実質的な基準へと進化させる必要があると明示しています。

供給可能性は、このQuality Criteriaの中で、時間的整合性(Temporal correlation)と並ぶ「空間的整合性」の論点として位置づけられています。SDPの記述を丁寧に読むと、供給可能性は単に「同じ国であればよい」といった粗い地理条件を意味しているわけではありません。むしろ、「当該電力が、理論上ではなく、物理的に供給されうる市場・系統の境界内にあるかどうか」という、より踏み込んだ問いとして整理されています。

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この整理が意味するところは大きく、特に発電事業者や電力小売事業者にとっては、これまで比較的自由度の高かった再エネ属性の取り扱いに、明確な制約条件が入りうることを示唆しています。一方でSDPは、供給可能性を理由に既存のマーケットベース手法を直ちに否定する立場は取っていません。供給可能性の具体的な定義や市場境界については、「今後の標準策定プロセスで詰めるべき設計課題」として残されています。

このように段階的・設計論的な扱いがなされている背景には、国や地域によって電力系統構造、市場制度、連系線容量が大きく異なるという現実があります。一律の定義を先に固定してしまうことは、実務的にも制度的にも適切ではないという判断が、SDP全体から読み取れます。

この点は、国際的な議論の流れとも整合しています。たとえば、24/7 Carbon-Free Energyの議論を主導してきた EnergyTag は、時間別マッチングと並び、供給可能性を24/7 CFEの信頼性を支える重要な柱として整理してきました。EnergyTagの 24/7 CFE解説ページ では、再エネ属性が「同じ時間帯に」「同じグリッドの中で」供給されることが、主張の信頼性を左右するという考え方が、図解とともに示されています。

また、国連が主導する 24/7 Carbon-Free Energy Compact においても、電力調達の「時間」と「場所」の両方を重視する姿勢が明確に打ち出されています。これは、単に再エネ容量を増やすだけでなく、系統の脱炭素化に実質的に寄与する調達を評価しようとする動きであり、供給可能性の議論と強く結びついています。

発電事業者の視点から見ると、供給可能性が論点化されたことは、立地や系統接続条件の価値が、これまで以上に再評価される可能性を意味します。電力小売事業者にとっては、調達ポートフォリオや商品設計において、「どの市場・どのエリアを単位にするのか」が、Scope 2報告の適合性と直結する論点になります。

大口需要家、特にグローバル企業のサステナブル調達担当にとっては、供給可能性は将来の報告リスク管理の問題でもあります。SDPは、この不確実性を一気に解消する文書ではありませんが、「供給可能性が正式に議論の俎上に載った」ことを明確に示しています。

総じて言えば、SDPにおける供給可能性の位置づけは、「すでに決まった新ルール」ではなく、「これから制度として形にしていくために避けて通れない論点」です。同時同量と同様に、供給可能性もまた、インベントリの信頼性と実務上の実装可能性のバランスをどう取るかという設計問題として扱われています。