マーケット基準手法:供給可能性 (2)供給可能性(Deliverability)はパブリック・コンサルテーションでどう具体化されたのか?
マーケット基準手法:供給可能性 (2)供給可能性(Deliverability)はパブリック・コンサルテーションでどう具体化されたのか?
― パブリック・コンサルテーションにおける「Deliverability」条文案の読み解き
供給可能性(Deliverability)はパブリック・コンサルテーションでどう具体化されたのか
Scope 2改定案を「市場境界」「価格シグナル」「日本の10グリッド」の観点から読む
Scope 2改定のパブリック・コンサルテーションでは、供給可能性(Deliverability)が、同時同量(Temporal correlation)と並ぶ中核論点として扱われています。供給可能性とは、再生可能電力の属性(EAC等)が、単に帳簿上で紐づいているだけでなく、電気的・制度的に需要地点へ「届け得る」範囲にあるかを問う考え方です。時間の整合性が「いつ」を縛るとすれば、供給可能性は「どこ」を縛る論点だと言えます。発電事業者、電力小売事業者、そして20年単位でPPAを検討する需要家にとって、これは投資や契約設計の前提条件を左右する重要なテーマです。
本稿で主に参照している一次情報は、GHG Protocol事務局が公開しているScope 2 パブリック・コンサルテーション文書(PDF)および背景理解の補助となるGHG Protocol公式ブログ(Hourly matching と deliverability)です。あわせて、設計図としてのScope 2 Standard Development Plan(SDP)も参照し、どこまでが公式に書かれている事実で、どこからが解釈・議論段階なのかを明確に区別しながら整理します。
供給可能性は「義務」ではなく、MBMの品質を決めるゲートになる
パブリック・コンサルテーション本文を丁寧に読むと、供給可能性は単独の義務要件として即時に課されるものではなく、マーケットベース手法(MBM)で使える契約手段をふるい分けるための品質基準(Quality Criteria)の中核として位置づけられていることが分かります。つまり、「このEACやPPAを使ってScope 2のMBM排出係数として主張してよいか」を判断するためのゲートです。
この構造は、SDPで示された「論点整理」を、条文案レベルに落とし込んだものだと理解できます。SDPは結論を出す文書ではなく、どの論点を改定プロセスで扱うかを示す設計図です。その中で供給可能性は、MBMの信頼性を高めるために避けて通れない論点として明示され、具体の定義や境界条件はパブリック・コンサルテーションで詰める、という役割分担がなされています(SDPはこちら)。
ここで重要なのは、「供給可能性=国境」という単純な整理が、将来も通用するとは限らない点です。パブリック・コンサルテーションでは、deliverable market boundary をどの単位で定義すべきかについて、「同一国」「同一電力市場」「同一電気的グリッド」など複数の選択肢を提示し、ステークホルダーからの意見提出を求めています。これは、国境と市場・系統の実態が一致しない地域が多いことを、GHG Protocol自身が認識していることの表れだと言えます。

(参考:日本の電力供給構造:本文とは直接関係ありません)
境界の外からの主張は否定されないが、「実証」が前提になる
今回のパブリック・コンサルテーションの大きな特徴は、deliverable boundary(供給可能な市場境界)を原則に置きつつも、その境界の外からの主張を一律に否定していない点です。ただし、その場合には「本当に届き得るのか」を、別の方法で実証することが前提になります。
本文では、こうした実証の考え方として、価格シグナルや市場シグナル(price-based indicators / market signals)を補完的に用いる可能性が示唆されています。これは、隣接する市場やグリッド間で卸電力価格が大きく乖離していなければ、連系が逼迫しておらず、実質的に電力が融通され得る、という電力市場の直観を制度設計に取り込む発想です。逆に、価格乖離が大きい場合は、連系制約や混雑が効いており、物理的に「届きにくい」状態にある可能性が高い、という読みになります。
ここで、注目すべきは「価格差が〇%以内なら供給可能とみなす」といった「価格や市場シグナルを使うという考え方があり得る」という方向性が示されていることです(パブリック・コンサルテーションPDF)。
日本の10グリッド(9エリア+沖縄)と供給可能性の現実的な落としどころは?
日本で供給可能性の議論が特に難しいのは、日本が「一国一グリッド」ではなく、明確なエリア構造と連系制約を持っているためです。実務の感覚としても、エリア間連系容量が制約になれば、市場価格は分断され、あるエリアで余っている再エネが別エリアの需要に容易に「届く」とは言えません。この点で、deliverable market boundary を「電気的に接続されたグリッド」と捉える考え方は、日本では非常に重要な意味を持ちます。
日本の制度説明では、北海道・東北・東京・中部・北陸・関西・中国・四国・九州の9エリアに、非連系の沖縄を加えた「10グリッド」という整理がよく用いられます。将来、供給可能性の境界が「国」よりも「市場ゾーン」や「グリッド」に近づくほど、日本では「どのエリアの電源を、どの需要地点に対して主張するか」が、Scope 2報告の適合性に直結します。
この文脈で、日本の卸電力市場であるJEPXのエリア別価格を使って、隣接エリア間の供給可能性を説明できるのではないか、という議論がしばしば出てきます。「エリア価格差が例えば5%以内なら同一グリッドと扱う」といった閾値についての議論です。
発電・小売・需要家にとって、今から効いてくる論点
供給可能性は、最終ルールの適用が数年先だとしても、将来の事業投資のIRRやリスクに直結する事項です。例えば、20年PPAや長期の再エネ調達契約は、締結時点で将来の報告適合性リスクを現実的に予見可能な方法で分析をする必要があるからです。
発電事業者にとっては、立地や系統接続条件が、同じ発電技術でも将来の価値を分ける可能性があります。電力小売事業者にとっては、再エネ電力をどの市場境界で設計し、どの証跡で顧客に説明するかが、競争力に直結します。需要家にとっては、契約条項に「将来の基準変更時に、データや証跡、商品構成を見直せる余地」を残しておくことが、投資リスクを下げる鍵になります。供給可能性は、証書の話であると同時に、契約・データ・市場設計の話でもあります。
おわりに
一般社団法人アワリマッチング推進協議会では、同時同量や供給可能性といったScope 2改定の論点について、国連24/7 Carbon-Free Energy CompactやEnergyTagなどの国際的な組織と情報交換を行いながら、最新の議論動向を把握するとともに、日本の電力制度や市場構造、事業実務の現実を踏まえた論点整理を丁寧に共有していくことを心がけています。
制度が固まる前の段階では、「何が決まっていないか」を正確に理解し、どこに実務上の選択肢が残されているのかを整理することが、発電・小売・需要家それぞれの投資判断にとって重要であり、早い段階での会員間での情報交換や、国際機関等への情報発信、広報・広聴活動を進めています。関係するステークホルダーの参加をお待ちしています。