マーケット基準手法:同時同量 (3)既存契約はどうなるのか?免除閾値・ロードプロファイル・段階導入から読む2030年の予見可能性

― パブリック・コンサルテーションにおける「Temporal correlation(同時同量)」条文案の読み解き

· MBM,同時同量

新基準予見可能性の重要性

Scope 2改定における同時同量(Temporal correlation)は、技術論点であると同時に、長期投資の前提条件を左右する制度論点でもあります。発電事業者、電力小売会社、そして20年単位でコーポレートPPAを締結する需要家にとって、最終版の確定が先に見えても、投資判断は「今」行われています。したがって重要なのは、同時同量が将来どのような形で要件化され、どこまでが経過措置として認められ、既存契約がどの程度保護されるのか、その予見可能性です。

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まず、公式資料に何が書かれているのかを確認します。Scope 2のStandard Development Plan(SDP)では、同時同量はマーケットベース手法(MBM)の品質基準を見直す中核論点として明確に位置づけられています。一方で、SDPは条文ではなく設計図であり、同時同量を「即時かつ全面的に義務化する」と断定している文書ではありません。むしろ、実務での実装可能性、相互運用性、検証可能性を高めるという目的の中で、段階導入や設計の詰めが必要になることを前提にプロセスを組んでいます(SDPの位置づけはGHG ProtocolのStandard Development Plans一覧でも確認できます)。

この考え方は、Scope 2のパブリック・コンサルテーション文書で、より具体的な「制度設計の問い」として現れます。ここで重要なのは、同時同量をQuality Criteria(MBMで使える契約手段の品質要件)に組み込む方向性を示しつつも、免除、補完手法、移行期間を含む「どう実装するか」が、設計上の中心テーマとして明示されている点です。つまり、論点は「賛成か反対か」だけではなく、「どの範囲から、どの順番で、どの精度で適用するか」に移っています。

免除閾値について

免除閾値について、パブリック・コンサルテーション本文では、免除水準の選択肢として年間消費量ベースの複数案(たとえば5GWh、10GWh、50GWh等)を並べ、どの水準を支持するかを問いとして明示しています。これは、同時同量が導入されるとしても、全需要家に一律の要件を同時に課すのではなく、一定の負担配慮を設計に入れる可能性が高いことを示唆します。発電側・小売側の視点では、ここは「同時同量の市場が、どの規模の需要家から先に立ち上がるか」を左右します。大口オフテイカー(データセンター、製造業の大規模拠点、チェーン小売等)が先行対象になるシナリオが相対的に強く、時間価値を持つ再エネ商品(時間別属性、時間別契約、時間別の上乗せ価値)の設計が、先に収益化しやすい領域になる、という読み方ができます(免除閾値の設問はパブリック・コンサルテーションPDF内に明記されています)。

次にロードプロファイルです。同時同量が原則1時間単位で求められるとしても、すべての需要家が即座に時間別実測データを持てるわけではありません。そこで現実解として浮上するのが、ロードプロファイル(標準負荷曲線など)による補完です。パブリック・コンサルテーションは、時間別データの可用性を踏まえた設計議論を含んでおり、ロードプロファイルを用いた推計が「過渡的に」重要な役割を果たす可能性が出てきます。投資判断の観点では、ここが非常に重要です。なぜなら、ロードプロファイルが一定範囲で認められる限り、PPAの初期段階で必ずしも全地点に高頻度メータリングやデータ連携を実装できなくても、制度適合の道が残るからです。一方で、ロードプロファイルが主役になり続ける保証もありません。むしろ同時同量の思想に照らすと、将来的には実測データへの移行が強く促されます。したがって、発電・小売・需要家のいずれにとっても、PPA契約やシステム投資の設計に「将来の実測化」「データ連携」「精緻化」へ移行できる余地を組み込むことが、リスク低減策になります(ロードプロファイルの概念整理は、たとえばNRELのLoad Profilesの解説が参考になります)。

既存契約はどのように取り扱われるのか?

さらに重要なのが段階導入とグランドファザー(既存契約の扱い)です。SDPとパブリック・コンサルテーションから読み取れるのは、同時同量が導入されるとしても、ある日突然すべての既存PPAや既存商品が無効化されるという設計は取りにくい、ということです。一般に、標準や制度が大きく変わるときは、実務の混乱と投資の座礁を避けるため、移行期間やレガシー条項が論点になります。パブリック・コンサルテーションは、Quality Criteriaの更新を問いつつも、実装上の緩和や経過措置を含めた設計を議論対象として提示しています。投資判断の観点では、ここから少なくとも次の2つのシナリオが現実的に想定されます。

予見されるシナリオ

第一のシナリオは、新規契約(あるいは一定時点以降に締結・更新される契約)から同時同量の要件が強く求められ、既存契約は一定期間、旧来の扱い(年次あるいは月次など)を継続できるというものです。これは、PPA市場の継続性を保ちつつ、漸進的に時間価値の市場を育てる形です。第二のシナリオは、既存契約であっても、契約更新、増設、再エネ属性の追加購入など「実質的な変更」が入った時点から新要件が適用されるというものです。この場合、長期契約の条項設計(将来の計測・証書・データ連携の義務や費用負担の取り決め)が、今の投資判断でより重要になります。

では、2030年時点で何が起きている可能性が高いのでしょうか。公式資料だけでは断定できませんが、国際的な潮流としては「大口需要家×新規PPA×時間価値」に同時同量が集中的に適用されていく構図が強いと考えられます。背景には、国連24/7 Carbon-Free Energy Compactが掲げる「毎時のクリーン電力」という方向性があり、同時同量はその実装原理として扱われています。EnergyTagも同様に、24/7 CFEと時間別属性の考え方を具体事例とともに発信しており、たとえばGoogleの24/7 CFEに関するマッチング事例や、各種資料を集約したResourcesページから、第三者の見立てや論点整理を辿ることができます。電力業界に近い立場からの俯瞰としては、たとえばEurelectricの24/7 CFEエコシステム解説なども、制度が市場設計へ与える影響を読む材料になります。

このように見ると、同時同量は「いつか突然すべてが変わるルール」ではありません。しかし同時に、「将来も年単位マッチングでよい」という保証が与えられているわけでもありません。発電事業者、小売事業者、そしてPPAオフテイカーにとって重要なのは、これから締結する20年契約が、将来の同時同量要件にどう適応しうるか、その余地を残した設計になっているかどうかです。予見可能性が低い局面ほど、契約条項、データ設計、商品設計の「将来互換性」が投資リスクを左右します。

最後に

最後に、アワリーマッチング推進協議会としての立場も申し述べます。当協議会は、国連24/7 CFEEnergyTagを含む国際的な関係者と、この同時同量・市場境界・経過措置といった論点について継続的にディスカッションを行い、最新の議論状況をできる限り早く把握すると同時に、日本の電力制度や実務制約(系統構造、証書制度、需要家のデータ可用性など)を踏まえた現実的な論点提起を行っています。

制度が固まる前の段階では、「何が決まったか」以上に「何が未確定で、どこが動きうるか」を読み解くことが投資判断に直結します。協議会では、こうした不透明性を少しでも減らすために、公式文書の読み解き、論点の翻訳、国際動向の整理を継続して深掘りしていく方針です。

もし、発電・小売・需要家それぞれの立場で、同時同量が契約や商品、投資に与える影響を早めに掴み、議論形成にも関わっていきたいとお考えでしたら、協議会への参画も選択肢としてご検討いただければと思います。

同時同量は、単なる技術要件ではなく、長期投資と制度設計の交差点にあるテーマです。私たちは、この交差点を「読める情報」に変える作業を行い、協議会会員間で共有しながら、適宜広報・広聴活動を進めてまいります。