GHGプロトコル Scope 2改定に日本企業・電力業界はどう対応していくべきか?

過剰な負担を避けたルールをどのように実現していくべきか?

· GHG Scope2,マーケット基準

1.  Scope 2改定は「正しい」が、「本当にできるのか」という不安

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現在、GHGプロトコルではScope 2ガイダンスの大幅な改定に向けたパブリックコンサルテーションが進んでいます。再生可能エネルギーの普及、電力市場の高度化、企業の脱炭素目標の高度化を背景に、従来の年平均・属性ベースの算定から、より時間・地域の実態に即した算定へ移行するという方向性自体は、多くの専門家・企業が「理論的には正しい」と認識しています。

一方で、率直な声として、日本国内の大企業、電力事業者、さらには海外の多国籍企業の間でも、
「この改定案は本当に実装できるのか」
「現場のデータや制度が追いつくのか」
「過度な負担にならないのか」
といった不安や不満の声が少なからず上がっているのも事実です。

特に、マーケット基準における「1時間ごとのマッチング(アワリーマッチング)」や、「供給可能性(Deliverability)」といった要件は、理論的には妥当である一方、現行制度や市場慣行とのギャップが大きいという指摘があります。Scope 2改定は、「正しさ」と同時に「実現可能性(Feasibility)」が強く問われるフェーズに入っていると言えるでしょう。

2. なぜScope 2ガイダンスは改定されようとしているのか

改めて背景を整理すると、現行のScope 2ガイダンス(2015年策定)は、当時としては画期的であったものの、現在の電力システムの変化を十分に反映できなくなっています。再エネが大量導入され、時間帯によって電源構成や排出係数が大きく変動する中で、「年平均で100%再エネ」という表現が、実態を正確に示していないという問題が顕在化しました。

そこで今回の改定案では、

  • ロケーション基準・マーケット基準の二重報告は維持しつつ
  • マーケット基準においては、電力消費と発電を同じ時間・同じ地域で対応させること
  • すべての証書・契約的手法について供給可能性のあるバウンダリを求めること
  • FIT等の制度的に支えられた電源については、標準供給サービス(SSS)として主張可能範囲を制限すること

などが提案されています。これは、企業の削減努力をより忠実に反映し、投資家や社会にとって意思決定に有用な情報を提供することを目的としたものです。

3. 日本における適用は「理想論」では成り立たない

しかし、日本でこの改定をそのまま適用することは、決して簡単ではありません。日本の電力制度は、FIT・FIP制度、高度化法、非化石証書市場など、独自の制度的積み重ねの上に成り立っているからです。

また、時間別・地域別の排出係数データ、需要側の時間別消費データ、証書のトラッキング制度なども、国やエリアによって整備状況が大きく異なります。もし改定案が、国内制度や実務を十分に考慮せずに適用されれば、

  • 過度な事務負担
  • 実質的に対応不可能な要件
  • 企業の脱炭素行動を萎縮させる結果

を招きかねません。だからこそ、日本においては「正しい基準を、現実的な形でどう実装するか」という視点が不可欠です。

4. 2027年までの「時間」をどう使うか

重要なのは、まだ時間があるという点です。今回のScope 2改定は、最終的な適用が想定される2027年前後まで、おおよそ3年程度の移行期間・検討期間が存在します。この期間は、単に「決まるのを待つ」時間ではありません。

  • どこまでを必須要件とすべきか
  • どこに段階的導入や経過措置を設けるべきか
  • 日本の制度や市場設計と、どう整合させるか

といった点について、各国・各地域のステークホルダーが意見を出し、修正や調整を行う余地がまだ十分に残されています。日本の声を反映させなければ、日本にとって現実的でない基準が、そのまま「国際標準」として定着してしまうリスクもあります。

5. 企業実務と電力システムへの影響

Scope 2マーケット基準の改定は、単なる開示ルールの変更ではありません。大企業のCO₂排出量算定においては、

  • どの地域で
  • どの時間帯に
  • どの電源と紐づいた電力を使っているのか

が問われるようになります。これは、データセンターや工場、オフィスの立地、操業時間、需要シフト戦略にまで影響を及ぼします。

さらに、企業の行動が積み重なれば、電力市場や電源計画にも影響します。将来の需要が「時間・地域」単位で可視化されれば、発電所立地、系統増強、蓄電池投資といった判断にも明確なシグナルを与えることになります。

6. アワリーマッチング推進協議会の役割――意見を届ける「アベニュー」として

一般社団法人アワリーマッチング推進協議会は、こうした状況を踏まえ、**国際的な基準議論と、日本の現実をつなぐ一つのアベニュー(経路)**となることを目指しています。

具体的には、

  • 日本企業・電力事業者・制度関係者の実務的な課題や懸念を整理し
  • GHGプロトコルや国際的な議論の場と直接対話・意見交換を行い
  • 日本にとって実装可能で、かつ国際的にも整合的な形へと反映させていく

そのための中立的かつ実務志向のプラットフォームでありたいと考えています。

アワリーマッチングという考え方は、単なる理想論ではなく、電力需給の長期的な安定化、地域と時間の同時同量を実現するための重要なKPIになり得ます。しかし、それは「一足飛び」に導入できるものではありません。だからこそ、段階的で、現実に根ざした道筋を描く必要があります。

7. 当協議会の活動

当協議会ではこれまで、GHGプロトコルScope 2改定、とりわけマーケット基準の変更を軸に、

  • 国際議論の最新動向
  • 日本制度との接点
  • 企業実務・電力市場への影響
  • 実現可能なアワリーマッチングの設計

について、国内外の各ステークホルダーとコミュニケーションを深めながら情報収集を行ってまいりました。

Scope 2改定は「避けられない変化」であると同時に、「形をつくっていける変化」でもあります。日本のステークホルダーの声を、適切な形で国際基準に反映させていくこと。その一助となることが、アワリーマッチング推進協議会の使命だと考えています。