GHGプロトコルはなぜ公開協議を延長したのか

――2025年12月3日、Scope 2改定を巡る正式な「苦情」と100日超の判断

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2025年12月3日、GHG Protocol事務局は、Scope 2およびElectricity Sector Consequential Accountingの公開協議期間が短すぎるという正式な苦情に対し、協議期間を当初の60日から2026年1月31日まで延長する判断を公表しました。この苦情は、再エネ業界団体や多国籍企業、専門家らが連名で提出したもので、GHG Protocolのガバナンス手続きに基づき「苦情」として正式に受理されました。

1. 文書の性格と位置づけ

本件の文書は、2025年12月3日付でGHG Protocol の Director of Governance を務める David Burns 氏から発出された公式書簡です。内容は、Scope 2 GuidanceおよびElectricity Sector Consequential Methodsのパブリックコンサルテーション期間に関する正式な苦情(Complaint)への回答となっています。

ここで重要なのは、このやり取りが単なる「意見への返信」ではない点です。
GHG Protocolが定めるComplaints and Concerns Procedureに基づき、当該の指摘はガバナンス上の「苦情」として正式に分類・審査されています。

2. 苦情が提出された経緯

(1) 問題の発端:Scope 2改定を巡る公開協議

GHG Protocolは、Scope 2 GuidanceおよびElectricity Sector Consequential Accounting Methodsの改定にあたり、2025年10月20日から12月19日までの60日間をパブリックコンサルテーション期間として設定しました。

この公開協議は、GHG Protocol公式サイト上のPublic Consultationsを通じて実施され、オンラインアンケート形式で意見募集が行われていました。

一見すると60日という期間は一般的にも見えますが、今回の改定内容はScope 2の根幹に関わるものであり、実務家の間では早い段階から「対応が極めて困難ではないか」という声が上がっていました。

(2) 苦情の提出(2025年10月下旬〜11月)

こうした問題意識を背景に、2025年10月下旬から11月にかけて、複数の企業・業界団体・専門家が、GHG Protocol事務局に対し**正式な苦情(Complaint)**を提出しました。

苦情は、GHG Protocolの
Standard Development and Revision Procedure(SDRP)
における 2.2.1(i)「必要なパブリックコンサルテーションが適切に実施されていない場合」
に該当するとして提出されています。

つまり、「意見がある」というレベルではなく、手続きそのものが基準を満たしていないのではないかという、制度的な問題提起でした。

3. 苦情を提出した主体

文書には、同種・同内容の苦情を提出した個人・組織が一覧で明示されています。
これらは偶発的な個人意見ではなく、GHG Protocolを日常的に利用している主要ステークホルダー層です。

主な提出主体は以下のとおりです。

  • American Council on Renewable Energy (ACORE)
  • Business Council for Sustainable Energy
  • Emissions First Partnership
  • RECS Energy Certificate Association
  • Winrock International
  • U.S. Chamber of Commerce
  • American Clean Power Association
  • Schneider Electric
  • PepsiCo
  • AT&T
  • AMD
  • eBay
  • SEMI
  • CyrusOne

再生可能エネルギー、製造業、IT、データセンター、消費財など、セクターを横断した幅広い顔ぶれである点が特徴です。驚くことに米国政府系機関も含まれています。

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ここからは、苦情の中身についてです。
単純に「期間が短い」という主張ではなく、複数の具体的な理由が積み重ねられています。

(1) 形式的には60日だが「実質的には極めて短い」

苦情文書では、以下の点が指摘されています。

  • Scope 2とElectricity Sector Consequentialの2つの公開協議が同時進行
  • 設問数は200問超(最大235問)
  • 多くの設問が
  • 組織横断的な情報収集
  • 専門的な排出係数・限界排出分析
    を必要とする

加えて、2022年以降のSurvey結果、TWG資料、Governance文書など、過去2年以上の蓄積資料を理解した上での回答が前提とされていました。

(2) 非稼働日・祝日との重複

60日間の中には、以下のような非稼働日が多数含まれます。

  • 週末(16日)
  • 米国の祝日(Veterans Day、Thanksgiving)
  • 欧州の祝日
  • インドの宗教祝日
  • ユダヤ暦の祝日

結果として、実際に業務として対応できる日数はさらに圧縮される、という点が強調されています。

(3) 他の重要プロセスとの競合

同時期には、

  • Science Based Targets initiative のNet-Zero標準の公開協議
  • UNFCCC COP(ベレン)

が重なっており、同じ専門人材が複数の国際プロセスに同時対応を迫られる状況でした。

(4) AMI TWGとの整合性問題

特に重要視されたのが、
Actions and Market Instruments(AMI)Technical Working Group が、

  • 2025年12月にホワイトペーパーを公表予定
  • 2026年Q1にパブリックコメント予定

である点です。

このAMIの議論を踏まえずにScope 2等への意見提出を求めることは、全体像を理解した上での建設的コメントを阻害すると指摘されています。

5. 提出された是正要求

こうした背景を踏まえ、苦情提出者は以下を是正措置として求めました。

  • パブリックコンサルテーション期間を最低120日に延長
  • 少なくとも、AMI TWGホワイトペーパーのコメント期間と実質的に重なる設計

スケジュールを遅らせること自体が目的ではなく、より質の高い意思決定につなげるための時間確保が主眼であることも明確にされています。

6. GHG Protocol側の対応と判断

(1) 苦情として正式受理

GHG Protocolは本件を正式な苦情として受理し、
Independent Standards Board (ISB)
および Steering Committee に付議しました。

これは、SDRPというガバナンス文書の運用に関わる問題と判断されたためです。

(2) 判断結果:部分的な是正

その結果、GHG Protocolは以下を決定しました。

  • 当初:2025年10月20日〜12月19日(約60日)
  • 修正後:2026年1月31日まで延長(100日超)

この延長は、ステークホルダーの声を踏まえた対応であり、グローバルな参加機会を広げるための措置と説明されています。

(3) 120日以上の延長は否定

一方で、GHG Protocolは、120日以上の延長については、

  • Phase 2作業
  • 最終標準の公表

に大きな遅れが生じるとして、採用しない判断を示しました。

7. この苦情が示す制度的含意

本件は、単なる日程調整の話ではありません。
Scope 2改定、Consequential Accounting、AMIという、GHG Protocol史上でも特に重要な論点を巡り、

  • ステークホルダー参加の実質性
  • ガバナンスの正統性
  • 手続き的な透明性

が問われた象徴的な事例だと言えます。

GHG Protocol自身がこれを「苦情」として扱い、実際に協議期間を延長した事実は、この問題の重みを端的に示しています。

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