AMI 電力セクターにおける「結果的排出影響」(1)新しい会計のパブリックコンサルテーション

AMI・MIMから読み解くScope 2改定の思想

· AMI,電力結果的排出

概要

GHGプロトコルでは現在、電力セクターにおける「結果的(consequential)排出影響」の算定手法について、Accounting and Market Instruments Initiative(AMI)の枠組みのもとでパブリックコンサルテーションを実施しています。これは、Scope 2改定と同時並行で進められている取り組みですが、その目的や位置づけは、Scope 2のインベントリ会計とは明確に異なります。

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このような議論が必要になった背景には、Scope 2改定によってインベントリ会計の厳格性が高まっていることがあります。同時同量(Temporal correlation)、供給可能性(Deliverability)、残余ミックス、標準供給サービス(SSS)といった論点は、いずれもマーケット基準によるクレームの信頼性を高める一方で、「排出量をどう割り当てるか」という配分の問題に焦点を当てています。その結果として、企業がどれだけ積極的に電力システムの脱炭素化に貢献したのか、ある行動が実際にどの程度排出削減につながったのかといった問いには、Scope 2の数値だけでは答えにくくなっています。

こうしたギャップを埋めるために検討されているのが、結果的排出影響、すなわちコンセクエンシャル会計の考え方です。コンセクエンシャル会計では、平均的な排出係数や制度上の割当ではなく、「もしその行動がなかったらどうなっていたか」という反事仮想的なシナリオを基準に、排出量の増減を評価します。この考え方は、従来からライフサイクルアセスメントやプロジェクト評価の分野で用いられてきましたが、GHGプロトコルはこれを企業の電力行動にも適用できるかどうかを、AMIの中で整理しようとしています。

特に電力セクターでは、コンセクエンシャル(結果的)会計の重要性が高いとされています。その理由は、電力需要や供給の変化が、必ずしも平均的な電源構成に影響するわけではないからです。ある時間帯に電力需要が1kWh増減した場合、その調整を担うのは、常時稼働しているベースロード電源ではなく、出力を上下させている限界電源(マージナル電源)です。そのため、電力行動の排出影響を評価するには、平均排出係数ではなく、限界排出係数を用いる必要があるという整理がなされています。

今回のパブリックコンサルテーションでは、こうした考え方を踏まえ、結果的排出影響を算定するための基本的な枠組みが提示されています。その中核となるのが、Scope 2 Technical Working Groupのサブグループによって整理された基本式です。

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これは、特定の時間・場所における電力使用量や調達量に、その時間・場所の限界排出係数を掛け合わせることで、排出影響を算定するというシンプルな構造を持っています。ただし、その前提として、どの限界排出係数を用いるのか時間解像度をどこまで高めるのか年次報告とどう整合させるのかといった技術的論点が多数存在します。

また、結果的会計を語る上で避けて通れないのが、追加性(Additionality)の問題です。本パブリックコンサルテーションでは、従来のクレジット制度やプロジェクト会計で用いられてきた追加性テストが整理された上で、企業の電力行動に適用する場合の課題が示されています。特に、単に排出量を関連付ける主張と、因果的に排出削減をもたらしたと主張する場合とでは、求められる証拠水準や説明の厳格さが異なるのではないかという点が論点として提示されています。

さらに、限界排出係数そのものの算定方法についても、複数の選択肢が整理されています。系統運用モデルを用いた手法価格データに基づく推計統計モデル長期的なシナリオ分析などが例示されており、地域やデータ可用性によって適切な手法が異なることが強調されています。この点は、単一のグローバルなデフォルト値を設定するのではなく、透明性のある前提条件とともに複数のアプローチを認める方向性を示唆しています。

最後に、短期的な運用影響と長期的な設備構成への影響をどのように組み合わせるかという論点も提示されています。これは、いわゆるオペレーティング・マージンビルド・マージンの関係に対応するものであり、結果的排出影響を評価する際に、どの程度まで長期的な投資誘発効果を織り込むべきかが問われています。この点については、明確な結論は示されておらず、今後のAMIでの検討課題として位置づけられています。

総じて言えば、今回のAMIにおけるパブリックコンサルテーションは、Scope 2インベントリを置き換えるためのものではなく、むしろScope 2を厳格に運用するために、その外側で「影響」を語るための枠組みを整備しようとする試みだと言えます。

企業、電力小売事業者、発電事業者にとって重要なのは、結果的排出影響の算定が直ちに義務化はされないものの、国際的な議論の中で整理されつつあるという事実です。従って、長期的目線で把握していくことが求められています。

より詳しくお知りになりたい方は、以下をご覧ください。

インベントリ会計と結果的会計の違い

特に電力セクターで結果的会計が重要になる理由

GHGプロトコルにおける排出量算定の議論では、近年「インベントリ会計」と「結果的(コンセクエンシャル)会計」という二つの考え方の違いが、改めて明確に整理されつつあります。これは単なる専門用語の違いではなく、排出量を何のために算定するのか、そしてその数値をどのように使うのかという、会計思想そのものの違いを反映しています。

インベントリ会計とは、組織や事業体が一定期間に排出した温室効果ガスを、あらかじめ定められたルールに基づいて集計・配分する考え方です。Scope 1、Scope 2、Scope 3に代表されるGHGプロトコルの中核は、このインベントリ会計にあります。電力に関して言えば、Scope 2におけるロケーション基準やマーケット基準は、電力使用に伴う排出量を「誰の排出として計上するか」を定めるための配分ルールです。ここで重視されるのは、一貫性、再現性、比較可能性であり、個々の行動が電力システムに与えた影響の大小ではありません。

一方、結果的会計は、ある行動や意思決定が「なかった場合」と比較して、実際にどのような変化をもたらしたのかを評価しようとする考え方です。評価の対象は、組織の境界を超え、電力システム全体や市場全体に及びます。このため、結果的会計では、観測された平均値ではなく、反事実的なシナリオ、すなわちカウンターファクチュアルを設定することが前提となります。企業がある電力を調達しなかった場合、どの電源が稼働していたのか、どの発電所が建設されなかったのか、といった問いが不可欠になります。

この二つの会計は、目的も問いも異なります。インベントリ会計が「排出量を正しく割り当てる」ことを目的とするのに対し、結果的会計は「排出量をどれだけ変えたか」を問います。そのため、結果的会計をインベントリ会計の延長として扱おうとすると、制度的な矛盾が生じます。GHGプロトコルが、Scope 2改定の中で結果的会計を直接取り込むのではなく、AMIという別枠で整理しようとしているのは、この違いを明確に意識しているからです。

特に電力セクターでは、結果的会計の重要性が他の分野に比べて高いとされています。その理由の一つは、電力の需給バランスが常にリアルタイムで調整されているという特性にあります。

ある企業が電力使用量を1キロワット時増やした場合、その増分を賄うのは、系統内に存在するすべての発電所が均等に負担するわけではありません。実際には、その時点で出力を調整可能な発電所、すなわち限界電源が応答します。この限界電源が化石燃料火力であるのか、再生可能エネルギーであるのかによって、追加的な排出の有無や大きさは大きく異なります

インベントリ会計では、こうした時間的・運用的な違いは平均化されます。ロケーション基準であれば系統全体の平均排出係数が用いられ、マーケット基準であれば契約や証書に基づく排出係数が適用されます。これにより、排出量の集計としては簡潔で比較可能な数値が得られますが、電力使用のタイミングや調達方法が電力システムに与えた影響までは表現できません。

一方、結果的会計では、この「どの電源が動いたのか」「どの電源が建設されたのか」という点が中心的な関心事になります

例えば、再生可能エネルギーが余剰となる時間帯に電力需要を移動(需要の供給への追従:電力消費の昼シフト)させた場合、その行動は化石燃料火力の稼働を抑制した可能性があります。逆に、需要が逼迫する時間帯に電力使用を増やした場合、追加的な火力発電を誘発した可能性もあります。これらの違いは、平均排出係数では捉えられず、結果的会計の枠組みを用いて初めて評価の対象になります。

さらに、電力セクターでは短期的な運用影響と長期的な投資影響が重なり合う点も重要です。短期的には、需要変動に応じて既存設備の稼働が変化しますが、長期的には、需要の増減や調達行動が発電設備の新設や廃止に影響を与える可能性があります。結果的会計では、こうした構造的な変化も視野に入れ、どの程度までを評価対象とするのかが論点となります。

このように、電力セクターにおける結果的会計は、インベントリ会計では捉えきれない「行動の意味」を評価するための考え方です。ただし、それはインベントリ会計を否定するものではありません。むしろ、排出量の公式な報告や比較にはインベントリ会計を用い、その外側で、行動の影響や追加性を説明するために結果的会計を用いるという役割分担が前提とされています。

Scope 2改定が進むにつれて、インベントリ会計はより厳格で保守的な方向に進んでいます。その一方で、企業や電力事業者が「自分たちの行動が電力システムをどう変えたのか」を説明したいというニーズは、むしろ高まっています。結果的会計が電力セクターで重要視されている背景には、こうした二つの要請を分離しつつ、両立させようとするGHGプロトコルの意図があると言えるでしょう。

サブグループによる基本式

結果的排出影響はどのように算定されようとしているのか

電力セクターにおける結果的排出影響の議論を具体化するにあたり、GHGプロトコルのScope 2 Technical Working Group(TWG)内に設置されたサブグループは、まず「最小限かつ共通理解が可能な基本式」を提示することから検討を始めました。これは、複雑なモデルや仮定を一気に標準化することを目指したものではなく、結果的会計の考え方を企業実務に落とし込むための出発点として整理されたものです。

サブグループが示した基本的な考え方は、非常にシンプルです。電力行動による排出影響は、「その行動によって変化した電力量」と「その変化が影響を与えた限界排出係数」を掛け合わせることで評価できる、というものです。ここで重要なのは、評価の対象が平均的な電力構成ではなく、あくまで限界的に応答する電源であるという点です。

この基本式では、まず評価対象となる行動を明確に定義します。たとえば、ある企業が特定の時間帯に電力使用量を増やした場合、あるいは再生可能エネルギー電源と長期契約を締結した場合などが該当します。その行動がなかった場合と比較して、電力システム上でどれだけの電力量が増減したのかを整理することが第一のステップとなります。

次に、その電力量の変化が起きた時間帯や地域において、どの電源が限界的に応答したのかを考えます。ここで用いられるのが限界排出係数です。限界排出係数とは、電力需要が1キロワット時増減したときに、排出量がどれだけ増減するかを示す指標です。これは系統全体の平均排出係数とは異なり、時間帯、地域、需給状況によって大きく変化します。

サブグループの基本式では、この限界排出係数を、評価対象の電力量変化に掛け合わせることで、排出影響を算定します。たとえば、限界電源が化石燃料火力であれば、需要増加は追加的な排出として計上され、需要削減や再生可能エネルギーの導入は、火力発電の稼働抑制として排出削減効果を持つと整理されます。

この算定は、原則として年単位で集計されることが想定されています。従来のプロジェクト会計では、設備のライフタイム全体にわたる排出削減量を評価することが一般的でしたが、サブグループの提案では、企業の年次報告との整合性を重視し、結果的排出影響も年次ベースで整理する方向性が示されています。これにより、インベントリ報告と同じ時間軸で議論ができるようになります。

一方で、この基本式は「万能な答え」を与えるものではありません。サブグループ自身も、この式が多くの前提条件に依存することを明確に認めています。限界排出係数をどのように推計するのか、時間解像度をどこまで細かくするのか、地域境界をどのように設定するのかといった点によって、算定結果は大きく変わり得ます。そのため、この基本式は「一つの正解」を示すものではなく、結果的会計の枠組みを共有するための共通言語として位置づけられています。

また、サブグループの整理では、結果的排出影響の算定が、必ずしも発電設備の新設や廃止といった長期的な変化だけを対象とするものではないことも強調されています。短期的な需給調整、すなわち既存設備の稼働率の変化も、重要な影響として評価の対象になります。これにより、需要側の行動、たとえば時間帯を選んだ電力使用や需要シフトといった取り組みも、結果的会計の枠組みで評価できる可能性が示されています。

この基本式が持つもう一つの重要な特徴は、インベントリ会計との直接的な接続を意図していない点です。サブグループは、結果的排出影響の数値をScope 2の排出量に足し引きしたり、代替したりすることを想定していません。あくまで、インベントリ会計とは別のレイヤーで、行動の影響を理解・説明するための指標として整理されています。この点は、Scope 2改定との混同を避けるためにも、繰り返し確認されています。

結果的に、サブグループによる基本式は、「結果的会計とは何か」を企業やステークホルダーが理解するための最小構成要素を示したものだと言えます。詳細なモデルや厳密な係数設定は今後の議論に委ねられていますが、電力量の変化と限界排出係数を掛け合わせるという構造そのものは、電力セクターにおける結果的排出影響を考える上での共通出発点となっています。

この基本式をどう具体化し、どの程度の精度で運用するのかは、今後のAMIでの検討や、各地域・各企業の実務状況に応じて調整されていくことになります。重要なのは、結果的排出影響が「特別な専門家だけの議論」ではなく、企業の電力行動を理解するための一つの視点として、段階的に整理されつつあるという点です。

限界排出係数の算定方法

結果的会計における中核指標はどのように考えられているのか

結果的排出影響を定量化する上で、最も重要な要素の一つが限界排出係数です。限界排出係数とは、電力需要がわずかに増減したときに、その変化に応答する電源によって増減する排出量を、単位電力量あたりで示したものです。平均排出係数が「電力全体の構成」を表すのに対し、限界排出係数は「実際に変化を担う電源」を捉えようとする指標であり、結果的会計の中核をなしています。

電力系統では、需要と供給が常に一致するように運用されていますが、その調整はすべての発電所が均等に行うわけではありません。需要が増えたときに出力を上げるのは、当該時間帯において運転余力を持ち、かつ経済性や運用制約の面で応答可能な発電所です。これらの発電所が、限界電源と呼ばれます。限界排出係数は、この限界電源の排出特性を反映する形で算定されます。

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算定方法として検討されているアプローチの一つは、電力市場や系統運用のデータを用いて、実際の需給変動と発電量変化の関係を統計的に分析する方法です。過去のデータを用い、需要が増減した際にどの電源の出力が変化したかを回帰分析などで推定することで、限界排出係数を導き出します。この方法は、実際の運用実態を反映できるという利点がありますが、十分なデータが必要であり、分析結果が前提条件に敏感であるという課題もあります。

もう一つのアプローチは、電力システムモデルを用いたシミュレーションです。需給制約、発電コスト、燃料価格、設備制約などを考慮したモデルを構築し、需要が変化した場合にどの電源が応答するかを計算します。この方法は、将来シナリオや政策変更の影響を評価できる点で有効ですが、モデルの仮定やパラメータ設定によって結果が左右されるため、透明性や説明責任が重要になります。

AMIの議論では、これらの手法のいずれかを唯一の正解として定めるのではなく、目的やデータ可用性に応じて使い分けるべきだという考え方が示されています。企業が自らの行動の影響を理解するための分析と、政策評価や制度設計のための分析とでは、求められる精度や厳密さが異なるからです。そのため、限界排出係数の算定においては、使用した手法や前提条件を明示し、その結果がどのような文脈で有効なのかを説明することが重視されています。

電力セクター特有の論点として、短期的な限界と長期的な限界を区別する必要性も指摘されています。短期的な限界排出係数は、既存設備の稼働調整によって応答する電源を反映します。一方、長期的な限界排出係数は、需要の増減が将来的な設備投資や廃止に影響を与える場合を想定し、新設される電源や回避される電源の排出特性を考慮します。AMIでは、この二つを混同せず、評価対象に応じて使い分けることが重要だと整理されています。

また、再生可能エネルギーの比率が高まるにつれて、限界電源が必ずしも化石燃料火力とは限らなくなる点にも注意が必要です。特定の時間帯では、出力抑制されていた再生可能エネルギーが需要増加によって活用される場合もあり、その場合の限界排出係数はゼロに近づきます。逆に、需給が逼迫する時間帯では、高効率火力や非常用電源が応答し、限界排出係数が高くなる可能性もあります。

このように、限界排出係数は固定的な数値ではなく、時間、地域、システム状態によって変動する概念です。結果的会計においては、この変動性を前提とした上で、どの程度の解像度で評価するのかを明確にすることが求められます。過度に単純化すれば現実を歪める一方、過度に精緻化すれば実務での活用が難しくなります。このバランスをどう取るかが、AMIの議論における中心的なテーマの一つとなっています。

限界排出係数の算定方法は、結果的会計の信頼性を左右する要素であると同時に、その不確実性をどう扱うかを問う試金石でもあります。AMIでは、完璧な数値を求めるのではなく、前提条件と限界を明示した上で、意思決定に資する情報として活用することが重視されています。これにより、限界排出係数は、電力行動の影響を理解するための現実的な指標として位置づけられつつあります。

ビルドマージンとオペレーティングマージン

短期運用と長期投資をどう一つの評価軸にまとめるのか

結果的排出影響を電力セクターで評価する際、限界排出係数の算定と並んで重要になるのが、ビルドマージンとオペレーティングマージンという二つの概念をどのように組み合わせるかという問題です。これらはもともとCDMなどの国際的な排出削減メカニズムで整理されてきた考え方ですが、AMIにおける結果的会計でも、長期と短期の影響を統合的に扱う枠組みとして再び注目されています。

オペレーティングマージンとは、既存の発電設備の運用が変化することによって生じる排出影響を捉える考え方です。電力需要が増減した際に、すでに存在する発電所の出力が調整され、その結果として排出量が増減する部分がこれに該当します。時間単位での需給調整や、日々の運用の中で起きる変化を反映するため、短期的な影響を評価する軸と位置づけられます。

一方、ビルドマージンは、需要や調達行動の変化が、将来的な発電設備の新設や廃止に影響を与えることによって生じる排出影響を捉える考え方です。ある行動がなければ建設されなかった発電所が建設された、あるいは建設されるはずだった設備が回避された、といった構造的な変化が評価対象になります。このため、ビルドマージンは中長期的な影響を表す軸として整理されます。

AMIの議論において重要なのは、これら二つを対立概念として扱うのではなく、異なる時間スケールの影響を表す補完的な要素として組み合わせる点です。電力行動の影響は、短期的な運用変化と長期的な投資判断の両方を通じて現れる可能性があるため、どちらか一方だけを見ても全体像は把握できません。

そのため、AMIでは、結果的排出影響を算定する際に、オペレーティングマージンとビルドマージンを一定の比率で重み付けするという考え方が検討されています。具体的な比率は一律に定められているわけではなく、評価目的や分析期間、地域の電力市場構造によって異なり得るものとして扱われています。

短期的な行動評価、たとえば需要シフトや時間帯を意識した電力使用の影響を評価する場合には、オペレーティングマージンの比重が大きくなります。これらの行動は、既存設備の稼働に直接的な影響を与える一方、設備投資にまで影響を及ぼすとは限らないためです。逆に、長期の電力購入契約や大規模な需要増加といった行動については、ビルドマージンの比重を高めることが合理的とされます。

この重み付けの考え方は、結果的会計を単なる理論モデルではなく、実務に使える枠組みにするための重要な工夫でもあります。すべての行動に対して設備投資への影響を厳密に特定しようとすれば、分析は極めて複雑になり、実務での適用が困難になります。一方で、運用影響だけに限定すれば、長期的な構造変化を過小評価してしまう恐れがあります。重み付けは、この両極端を避けるための現実的な妥協点として位置づけられています。

また、電力システムの成熟度によっても、重み付けの考え方は変わり得ます。電源構成が固定化され、需要変動が主に既存設備の稼働調整で吸収される地域では、オペレーティングマージンの重要性が相対的に高くなります。一方、再生可能エネルギーの導入が加速している地域や、電力需要が大きく変化している地域では、ビルドマージンの影響を無視できません。

AMIでは、このような前提条件の違いを踏まえ、単一の標準的な比率を定めるのではなく、算定者が自らの評価対象に応じて合理的な重み付けを選択し、その理由を説明することが重視されています。これは、結果的会計を「義務的な報告制度」にするのではなく、説明責任を伴う分析ツールとして位置づけていることの表れでもあります。

さらに重要なのは、この重み付けがインベントリ会計に直接影響を与えるものではないという点です。ビルドマージンとオペレーティングマージンをどのように組み合わせたとしても、その結果はScope 2の排出量として計上されるわけではありません。あくまで、行動の影響を理解し、説明するための補助的な情報として整理されます。

結果的に、ビルドマージンとオペレーティングマージンの重み付けは、結果的会計を硬直的な数式から解き放ち、現実の電力システムに即した評価を可能にするための鍵となっています。短期と長期、運用と投資という二つの時間軸を意識的に組み合わせることで、電力行動の意味をより立体的に捉えることができるようになりつつあります。

AMIは将来「報告推奨」になるのか

義務化ではなく、事実上の期待値としての位置づけ

AMIで議論されている結果的排出影響の算定手法について、多くの企業や電力事業者が気にしている点の一つが、「これが将来、報告として求められるようになるのか」という点です。結論から言えば、AMIがScope 2のように義務的な排出量報告基準になる可能性は、現時点では高くありません。しかし一方で、「完全に任意の参考情報」にとどまり続けるとも言い切れない、微妙な位置づけにあることも確かです。

まず前提として、GHGプロトコルにおけるAMIは、インベントリ基準とは明確に区別されています。インベントリ基準は、企業の排出量を比較可能な形で集計するためのルールであり、規制や目標設定、外部報告に直接用いられます。これに対し、AMIは、個々の行動やプロジェクトが電力システムや排出にどのような影響を与えたかを評価するための枠組みです。この目的の違いから、AMIをそのまま「報告義務」として制度化することには、GHGプロトコル自身も慎重な姿勢を示しています。

その理由の一つは、結果的会計が前提とする不確実性です。限界排出係数の推計、カウンターファクチュアルの設定、短期と長期の影響の切り分けなど、結果的会計には必然的に仮定が含まれます。これらを単一の数値として義務報告させると、比較可能性が損なわれ、かえって混乱を招く恐れがあります。GHGプロトコルが長年重視してきた「一貫性」と「再現性」という原則と、結果的会計の性質は必ずしも相性が良くありません。

一方で、AMIが将来「報告推奨」という形で位置づけられる可能性は、十分に考えられます。ここで言う報告推奨とは、Scope 2排出量のように必須項目として数値提出を求めるのではなく、補足情報や任意開示として、一定の考え方に基づく説明を促すという意味合いです。すでに多くのサステナビリティ開示フレームワークでは、排出量の数値そのものに加えて、その背後にある戦略や行動の実効性を説明することが求められています。

日本企業への影響評価

電力需要家への影響

まず需要家である企業の立場から見てみます。Scope 2改定によって、マーケット基準における排出量主張は、同時同量や供給可能性といった要件により、より保守的に整理されていく方向にあります。その結果、長期PPAや再エネ調達を行っていても、インベントリ上の排出量が必ずしも大きく下がらないケースが増える可能性があります。このとき、企業は「では、その調達行動は意味がなかったのか」という説明責任に直面します。

このギャップを埋めるために用いられるのが、結果的会計です。AMIの枠組みを用いれば、ある調達や需要シフトが、どの時間帯のどの電源に影響を与えたのか、限界排出係数を通じて整理することが可能になります。

企業は、インベントリとは別枠で、「排出量はこう計上されるが、電力システムに対してはこういう影響を与えた」と説明する材料を持つことができます。これは義務ではありませんが、投資家や取引先、社内ステークホルダーに対する説明として、将来の話ではありますが、実質的に求められる場面が増えていくと考えられます。

一方で、企業がAMIに基づく結果的会計を行わなければならないという明示的な義務が課される可能性は、現時点では高くありません。AMIはインベントリ基準ではなく、影響評価の枠組みであり、Scope 2の報告書に組み込まれるものではないからです。ただし、企業が「脱炭素の実効性」を前面に出した説明を行う場合、結果的会計を全く示さないという選択肢は、徐々に取りにくくなるでしょう。

発電事業者への影響

次に発電事業者の立場です。発電事業者は、従来、再生可能エネルギーであれば環境価値が一律に評価されるという前提のもとで事業を行ってきました。しかし、Scope 2改定やSSS、残余ミックスの議論が進む中で、「どの時間に」「どの系統で」「どのように使われたか」が、価値評価に影響する局面が増えてくる可能性があります。

結果的会計は、発電事業者にとって二面性を持ちます。一つは、自らの電源が電力システムに与える影響を、より精緻に説明できる可能性です。例えば、特定の時間帯に限界電源として稼働している再エネ電源や、化石燃料火力を代替している実態があれば、それは結果的会計の文脈で評価され得ます。これは、インベントリ上の平均値では見えにくかった価値を言語化する手段になります。

もう一つは、説明責任の増大です。結果的会計が一般化すれば、「その電源は実際にどの排出を押し下げているのか」「限界電源になっているのか」という問いが、発電事業者にも向けられる可能性があります。特に、LNGなどの低炭素化石電源については、インベントリ会計では評価されず、結果的会計でも必ずしも追加性を主張できないという中間的な位置づけになりやすく、事業戦略の再整理が求められる可能性があります。

電力小売事業者への影響

電力小売事業者にとって、AMIはさらに複雑な意味を持ちます。小売事業者は、発電と需要を結びつける立場にあり、どの電源がどの需要に影響を与えているのかを説明するハブの役割を担います。Scope 2改定では、供給可能性や残余ミックスの整理により、小売事業者の割当責任やデータ管理責任が強まる方向にあります。

結果的会計の文脈では、小売事業者は、自社の電力メニューや調達ポートフォリオが、電力システムの限界にどのような影響を与えているのかを説明する主体になり得ます。これは義務ではありませんが、企業顧客から「このメニューは実際にどんな排出影響があるのか」と問われたとき、結果的会計の考え方を理解していなければ、説明が難しくなります。

同時に、小売事業者が結果的会計を公式な排出量として提示することは想定されていません。あくまで、インベントリ会計とは別の補足情報として扱われます。この点を誤解すると、排出量の二重計上や過剰な主張につながる恐れがあります。そのため、小売事業者にとっては、「どこまでが説明で、どこからが主張なのか」を慎重に線引きする能力が重要になります。

まとめ

総じて言えば、AMIにおける結果的会計は、企業・発電事業者・小売事業者のいずれに対しても、新たな義務を直接課すものではありません。しかし、Scope 2インベントリがより保守的に整理されていく中で、「では、行動の意味はどこで語るのか」という問いに対する、事実上の受け皿になりつつあります。

使うかどうかは任意でありながら、使わない場合の説明コストが高くなる。結果的会計は、まさにそのような位置づけにあります。今後の議論の焦点は、結果的会計を誰が、どのレベルで、どのように使うのかという「運用の作法」を、どこまで共通理解として整理できるかに移っていくと言えるでしょう。

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