<深堀>中長期調達義務(1)電力小売に導入が計画される中長期調達義務とは何か?

· 電力ニュースの深堀り

「量的供給能力確保義務」とは何か

――エネルギー政策の転換点で何が語られているのか

電力の安定供給をどう守るのか。この問いは、日本の電力制度において常に中心にあり続けてきましたが、ここにきて小売電気事業者の役割を改めて問い直す動きが本格化しています。その象徴が、いわゆる「中長期調達義務」、正式には量的な供給能力確保と呼ばれる考え方です。

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なぜ今、この制度が議論されているのか

こうした議論が本格化した背景には、近年の電力市場を巡る経験があります。燃料価格の高騰や需給逼迫が起きるたびに、卸電力価格は大きく変動し、その影響を最も強く受けたのが、小売電気事業者でした。

短期市場を中心に柔軟な調達を行う仕組みは、平時には効率的に機能します。しかし一方で、価格が急騰した局面では、調達が一気に不安定になり、事業継続が難しくなるケースも生じました。実際、過去には小売事業者の撤退や、需要家が意図しない形で最終保障供給へ移行せざるを得ない状況も発生しています。

こうした経験を踏まえ、制度検討の場では、「市場に任せきりにするのではなく、小売事業者にも一定の規律を持ってもらう必要があるのではないか」という問題意識が共有されるようになりました。

「kW」ではなく「kWh」を確保するという発想

これまで小売事業者は、容量市場を通じて設備容量(kW)の維持に間接的に関与してきました。しかし、資料を読み解くと、容量だけでは十分ではないという認識が示されています。

設備があっても、燃料が確保できなければ発電はできません。また、短期市場に依存した調達構造のままでは、燃料価格の変動や供給途絶の影響を避けることは難しい。そこで注目されたのが、「どれだけの電力量(kWh)を、どの時点で供給できる契約を持っているか」という視点です。

量的供給能力確保とは、まさにこの点を制度的に担保しようとする試みだと言えます。

制度のイメージとして示されている考え方

検討資料では、制度の骨格として、次のような考え方が示されています。実需給年度を基準にして、3年度前には想定需要の一定割合を、さらに1年度前にはより高い割合を、あらかじめ確保しておく。水準としては「3年前に5割、1年前に7割」といった目安が例示されています。

ここで重要なのは、単に「計画上確保している」と書けばよいのではなく、相対契約などを通じて、実質的に裏付けのある電源を押さえていることが求められる点です。小規模な事業者への配慮や、具体的な評価方法については今後の検討事項とされていますが、方向性としては、中長期での調達を前提にするというメッセージは明確です。

なぜ「3年前」「1年前」なのか

検討の過程では、過去に提出された供給計画と、その後の事業継続状況を照らし合わせた分析も行われています。そこから見えてきたのは、退出に至った事業者ほど、1年先、3年先の調達先を十分に確保できていなかった、という傾向です。

言い換えれば、直前の調達には対応できていても、中長期の見通しが弱い構造が、リスクを増幅させていた可能性がある、ということです。3年前、1年前という区切りは、こうした実態を踏まえた「時間軸の設定」として理解することができます。

中長期取引市場という“受け皿”の必要性

もう一つ、資料の中で繰り返し触れられているのが、中長期取引市場の整備です。現在の卸電力市場は短期取引が中心で、数年先の電力を安定的に取引できる商品は限られています。

もし小売事業者に中長期でのkWh確保を求めるのであれば、そのための市場インフラが必要になります。どのような商品設計が適切なのか、価格はどのように形成されるのか、流動性をどう確保するのか。これらは、制度の実効性を左右する重要な論点として残されています。

電力先物は「供給力」になり得るのか

検討資料では、電力先物市場の位置づけについても整理がされています。電力先物は、価格変動リスクを抑える手段としては有効ですが、基本的には差金決済であり、期日に現物の電力が引き渡される仕組みではありません。

そのため、先物取引だけでは、量的供給能力の確保、すなわち「現物としての電力を持っている」ことの代替にはならない、という考え方が示されています。電力という商品が、金や原油のような一般的なコモディティと異なる性格を持つことが、制度設計にも反映されていると言えるでしょう。

2030年に向けて何が問われているのか

エネルギー政策は、短期の効率性と長期の安定性のバランスの上に成り立っています。量的供給能力確保義務の議論は、そのバランスをどこに置くのかを改めて問い直すものです。

本稿では、制度の是非を論じるのではなく、まず「何が検討されているのか」「なぜそのような考え方が出てきたのか」を整理しました。次回以降は、電力先物市場やScope2を巡る国際的な動きとの関係など、別の視点からこの制度を見ていきたいと思います。