マーケット基準手法:供給可能性 電力ビジネスと調達判断にもたらす構造変化

供給可能性(Deliverability)は誰に、どのような影響を与えるのか

· MBM,供給可能性

Scope 2改定が電力ビジネスと調達判断にもたらす構造変化

Scope 2改定における供給可能性(Deliverability)は、単なる算定ルールの技術的修正ではありません。Standard Development Plan(SDP)およびパブリック・コンサルテーションを通じて見えてくるのは、マーケットベース手法(MBM)を前提として成り立ってきた再エネ調達・証書取引・PPA市場の前提条件そのものが、徐々に書き換えられつつあるという事実です。

供給可能性は、「その電源がどこにあるのか」「どの系統につながっているのか」「どの需要家に届けられる可能性があるのか」という問いを、Scope 2インベントリの中に持ち込みます。これは、発電事業者、電力小売事業者、需要家それぞれにとって、影響の出方が異なります。

発電事業者への影響

立地・系統接続・需要地との関係が価値になる

発電事業者の視点から見ると、供給可能性が論点化されたことは、発電所の「立地」と「系統接続条件」が、これまで以上に価値評価の対象になる可能性を意味します。これまでは、再エネ電源がどこに立地していても、証書や契約を通じて広範な需要家に環境価値を主張できるケースが少なくありませんでした。

しかし、Scope 2のQuality Criteriaに供給可能性が組み込まれていくと、再エネ電源が「どの市場・どのグリッドの需要家に対して供給可能と説明できるか」が、契約価値や価格形成に影響を与える局面が増えていきます。これは、遠隔地立地の電源が直ちに否定されることを意味するものではありませんが、少なくとも「無差別にどこにでも価値を主張できる」という前提は揺らぎます。

EnergyTagが整理してきた24/7 CFEにおける供給可能性の考え方では、再エネ電源が同一グリッド内で需要をカバーしているかどうかが、信頼性の重要な要素として位置づけられています。この考え方がScope 2に部分的に取り込まれていく場合、需要地に近い電源、系統制約の少ないエリアの電源、あるいは特定の需要家と明確に結びついたPPA電源の価値が、相対的に高まる可能性があります。

発電事業者にとっては、新規開発だけでなく、既存電源についても「どの需要家に対して供給可能と説明できるのか」を整理し直すことが、今後の営業戦略や投資判断に影響していくと考えられます。

電力小売事業者への影響

調達ポートフォリオと商品設計の前提が変わる

電力小売事業者にとって、供給可能性は調達ポートフォリオ設計と商品設計の前提条件に直接影響します。これまでのマーケットベース手法では、再エネ電源や証書を比較的柔軟に組み合わせ、顧客のScope 2報告ニーズに対応することが可能でした。

しかし、供給可能性がQuality Criteriaの一部として整理されると、「どの電源を、どの需要家に、どのエリア単位でひも付けるのか」という設計が、単なる商流上の都合では済まなくなります。特に、広域に需要家を抱える小売事業者にとっては、全国一律の商品設計が将来も成立するのか、エリア別・グリッド別の商品設計が必要になるのか、という点が重要な検討課題になります。

パブリック・コンサルテーションで示されているように、供給可能性の判断単位が「同一国」「同一市場」「同一グリッド」のどこに落ち着くかによって、小売事業者の実務負担やシステム設計は大きく変わります。この不確実性は残っているものの、少なくとも「供給可能性を説明できる調達構成」を意識したポートフォリオ管理が、徐々に求められていく方向性は読み取れます。

また、小売事業者は、需要家に対してScope 2報告上の前提条件を説明する立場にもあります。将来の基準変更によって顧客の報告結果が変わる可能性がある以上、供給可能性を含む論点をどのように説明し、どこまでリスクを共有するのかが、顧客関係の観点でも重要になっていきます。

需要家(オフテイカー)にとっての影響

PPA・報告戦略・リスク管理の問題へ

需要家、とりわけ長期のコーポレートPPAを検討・締結する企業にとって、供給可能性は「報告上のリスク管理」という側面を持ちます。現在有効とされている再エネ調達手法が、将来のScope 2基準でも同じ形で認められる保証はありません。

Scope 2はあくまでアトリビューショナルなインベントリであり、行動評価やシステム影響とは切り分けられていますが、それでもインベントリ算定ルールが変われば、報告結果や外部評価への影響は避けられません。供給可能性がQuality Criteriaとして整理されていく過程では、「自社の調達は、将来も供給可能と説明できるのか」という問いに向き合う必要があります。

国連が主導する24/7 Carbon-Free Energy Compactの議論では、時間と場所の両面での整合性が強調されていますが、これはScope 2の即時義務ではないものの、将来の方向性を示す重要なシグナルです。需要家にとっては、PPA契約時点で「どのエリアの電源と結びつくのか」「将来の基準変更にどう対応するのか」を、可能な範囲で契約条項や調達戦略に織り込むことが、リスク低減につながります。

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出典:Google社の環境報告書(イメージ図と本文は直接の関係はありません)

「まだ決まっていない」ことへの向き合い方

供給可能性に関するScope 2改定は、発電事業者、小売事業者、需要家のいずれにとっても、「まだ決まっていないこと」が多いのが実情です。しかし、それは同時に、「今の段階で関与し、意見を届ける余地が残されている」ということでもあります。

Standard Development Plan、パブリック・コンサルテーション、国際的な議論を通じて一貫しているのは、供給可能性が突然の全面義務として導入されるのではなく、段階的に、かつ各国・各市場の実態を踏まえて設計されようとしている点です。このプロセスを正しく理解し、自社の立場や制約を踏まえた情報整理を行うことが、将来の投資判断や契約設計において重要になります。

おわりに

一般社団法人アワリマッチング推進協議会では、こうした供給可能性や同時同量といったScope 2改定の論点について、国連24/7 Carbon-Free Energy CompactやEnergyTagといった国際的な関係者と情報交換を行いながら、最新の動向を把握するとともに、日本の電力制度や事業実務の現実を踏まえた視点を、丁寧に共有していくことを大切にしています。

制度が固まる前の段階では、「何が決まったか」だけでなく、「何がまだ決まっておらず、どこに選択肢が残されているのか」を理解することが重要です。協議会としては、今後も会員間で公式文書の読み解きや国際動向の整理を通じて、そうした予見可能性を高める詳細な分析や情報交換を進めています。関係者のご参画をお待ちしています。