マーケット基準手法:⑤ 残余ミックス (3)残余ミックス/フォールバック設計が事業者に与える影響

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残余ミックス(Residual mix)と、その未整備時のフォールバック(化石燃料ベース係数)設計は、単なる「算定テクニック」の話ではありません。2024年12月の SDP と、続く パブリック・コンサルテーション が示しているのは、マーケット基準手法(MBM)の中で「何が評価され、何が評価されないのか」という価値配分の再整理です。これは、発電事業者・小売事業者・需要家のいずれにとっても、商品設計、契約、リスク管理の前提を変える可能性があります。

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1. 発電事業者への影響

証書価値の分解と、「低炭素だが評価されない電源」の現実

1-1. 残余ミックス設計が示す発電価値の再定義

SDPが残余ミックスを「MBMの最後の受け皿」として明確化したことで、発電事業者にとって重要なのは、どの発電がMBM上の排出係数低減に寄与し、どの発電が寄与しないのかが、これまで以上に明確になる点です。

MBMでは、排出係数の低減は 非化石属性を持つ契約手段(EAC等) によってのみ主張されます。これは現行の Scope 2 Guidance から一貫した原則であり、SDPでも変更されていません。つまり、**化石燃料由来の低炭素電源(例:高効率LNG)**は、MBMにおいて排出係数の引き下げ要因としては扱われません。

1-2. LNGはMBMでも残余ミックスでも「評価されない」

ここで重要なのは事実関係です。
LNG火力は、MBMにおいて排出係数の低減要素にはなりません。
同時に、残余ミックスの計算においても、LNGは「化石燃料」としてまとめて扱われ、低炭素性は反映されません。

パブリック・コンサルテーション本文では、残余ミックスが利用できない場合のフォールバックとして「化石燃料ベース排出係数」を用いることが明示されていますが、そこでは 化石燃料間の相対的な低炭素性(石炭 vs LNG)を評価する設計は採用されていません(Public Consultation本文)。

これは、発電事業者にとって次の意味を持ちます。

「石炭からLNGへ転換した発電投資であってもMBMの排出係数上は 「化石」 として一括処理され代替による改善効果(石炭比での低炭素性)は主張できない」

SDPはこの点を意図的に設計から外しています。理由は、MBMが「燃料効率の差」を評価する制度ではなく、「非化石属性の有無」を評価する制度だからです。

1-3. 発電商品設計への影響

この設計の帰結として、発電事業者の商品設計は、

  • 「低炭素」よりも「非化石」
  • 「平均」よりも「時間・市場境界」

へと軸足を移さざるを得ません。

例えばLNG発電事業者は、
・石炭代替の社会的価値
・系統安定化やバックアップ価値
を持っていても、それを MBM上の排出係数改善として直接マネタイズできない構造に直面します。

2. 小売事業者への影響

割当責任と「説明責任」の重心移動

2-1. 残余ミックスとSSSを前提にした割当順序

パブリック・コンサルテーションでは、排出量算定の順序として、

  1. SSS(標準供給サービス)の割当
  2. 自発的調達(EAC等)によるカバー
  3. 未カバー分を残余ミックスへ
  4. 残余ミックスが無ければ化石燃料ベースへフォールバック

という順序が明確にされています(Public Consultation本文)。

れは、小売事業者にとって「電源構成をどう説明するか」の話ではなく、**「誰に、どの排出係数を割り当てたかを証明する責任」**が重くなることを意味します。

2-2. 料金メニューと温対法係数との整合問題

日本の実務では、電力小売の温対法に基づく排出係数では、
・石炭
・LNG
・石油
の違いを反映した係数が用いられています。

一方で、MBMおよび残余ミックスでは、
化石燃料は一括り
LNGの相対的低炭素性は考慮されない
という設計です。

このため、小売事業者は次の二重構造に直面します。

  • 国内制度(温対法)上は「LNG比率が高いメニューは低炭素」と説明できる
  • しかし国際的なScope 2 MBM上では「非化石でない限り排出係数は下がらない」

SDPとコンサルテーションは、この整合を取る設計を提示していません。結果として、小売事業者は制度ごとに異なる排出係数の意味を説明する責任を負うことになります。

2-3. 残余ミックス未整備時のリスク説明

さらに、小売事業者は、残余ミックスが公表されていない市場では、未カバー分が 化石燃料ベース係数へフォールバックする可能性 を需要家に説明しなければなりません。

これは、料金メニューの説明が
「再エネ比率」
から
「未カバー分がどこに落ちるか」
へと変わることを意味します。

3. 需要家(オフテイカー)への影響

PPA設計と「評価されない低炭素選択」のリスク

3-1. PPA条項に求められる再設計

需要家にとって、残余ミックス/フォールバック設計は、PPAが排出量をどこまでコントロールできるかという問題に直結します。

パブリック・コンサルテーションが示す計算フローでは、

  • 同時同量や供給可能性を満たせない使用量
  • SSSや自発調達でカバーしきれない使用量

は、残余ミックス、さらに未整備時は化石燃料ベース係数へ落ちます。

したがって、PPA条項には次の論点を入れざるを得ません。

  • 時間粒度の将来高度化への対応
  • 市場境界変更時の責任分界
  • 未カバー分がフォールバックした場合のリスク共有

3-2. バックアップ電源の「低炭素チョイス」が評価されない可能性

需要家の実務で見落とされがちなのがここです。
例えば、

  • ベースは再エネPPA
  • バックアップは石炭ではなくLNGを選択

という電力調達は、国内制度や企業の感覚では「より低炭素な選択」です。しかしMBMでは、

  • LNGは非化石ではない
  • 残余ミックス計算にも低炭素性は反映されない

ため、バックアップ電源をLNGにした相対的改善が、Scope 2排出量には反映されない可能性があります。

これは、需要家にとって
「正しい選択をしているのに、評価されない」
という感覚を生みやすい設計です。

3-3. フォールバックによる排出量の上振れリスク

さらに、残余ミックスが未整備の市場では、未カバー分が化石燃料ベース係数に落ち、本来の残余ミックスよりも排出係数が高くなる可能性があります。

需要家は、
・自社の努力不足ではなく
・市場側の係数整備状況
によって排出量が左右されるリスクを抱えることになります。

4. まとめ

残余ミックス設計は「評価される行動」を選別する

SDPとパブリック・コンサルテーションが示しているのは、
Scope 2 MBMは「低炭素」ではなく「非化石」を評価する制度である
という事実です。

  1. LNGはMBMでも残余ミックスでも排出係数改善として評価されない
  2. 石炭代替の社会的価値は、Scope 2排出量には反映されない
  3. 残余ミックスが整備されない市場では、未カバー分がより高い排出係数に落ち得る

これまでのフェイズでは再エネが圧倒的に不足していたため、全体のCO2低減よりも、「再エネであるか否か」を二者択一として、「再エネ」を優先的に導入させてきました。一方で、今後、多様な電源ミックスを、短期・中期・長期の各時間軸で、過渡的視点も含めて、現実的にCO2総量を削減することが求められる中で、「再エネか否か」の二択という設計思想からの転換へと進化させる必要があるかもしれません。

いずれにしても、今回の改訂案の設計は、発電・小売・需要家それぞれにとって不都合な面もありますが、制度としての一貫性を優先した結果でもあります。

だからこそ、事業者側には
・どこまでがScope 2で評価され
・どこからが別の指標(Scope 1/3、国内制度、補足開示)で説明すべきか
を切り分ける戦略が求められます。

残余ミックスは、単なる「残り物」ではなく、何が評価され、何が評価されないかを映し出す鏡になりつつあります。

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