マーケット基準手法:④ 標準供給サービス(SSS) (5)最新の論点整理
マーケット基準手法:④ 標準供給サービス(SSS) (5)最新の論点整理
パブリック・コンサルテーションでの最新の論点整理
これまで、SSSの概要を解説してきましたが、ここで今一度最新の論点を整理してみたいと思います。

この論点は、Scope 2 Standard Development Plan(SDP) で明示的に取り上げられ、その後の Scope 2 パブリック・コンサルテーション において、より具体的な整理案と計算例が提示されました。以下では、公開されている一次資料に基づき、SSS改定案の狙いと構造、そして未確定な論点を整理します。
SSSが問題にされる背景
「自発的でない電力主張」をどう扱うか
SSSの議論が本格化した背景には、従来のScope 2運用において、企業の意思決定とは無関係に供給される非化石電源が、マーケットベース手法の下で主張され得てきたという問題意識があります。
具体的には、
- 規制により一定割合のクリーン電源が組み込まれている電力
- ユーティリティのデフォルト供給に含まれる非化石電源
- 公共サービスとして運営される発電設備
などが該当します。これらは、需要家が特定の電源を選択した結果というよりも、制度や市場設計の結果として供給されている電力です。
GHG Protocol事務局は、パブリック・コンサルテーション資料の中で、こうした電源を**「企業の自発的な調達の成果として評価することには慎重であるべき」**という立場を明確にしています。SSSは、この考え方を整理するための枠組みとして導入が検討されています。
SSSの定義と具体例
パブリック・コンサルテーションで示された整理
パブリック・コンサルテーションで示された文言では、SSSはおおむね次のように定義されています。
「公益的に支援されている、または需要家の選択を伴わずに提供されるデフォルトの電力供給。」
この定義に基づき、事務局が例示しているSSSの典型例には、以下が含まれます。
- ユーティリティによるデフォルト電力サービス
- 政府が義務付けるクリーンエネルギー・プログラム
- 公共サービスの下で運営される公営設備
これらは、SSS特定のためのディシジョンツリー(政府義務型プログラム) や、公営設備向けディシジョンツリー として整理され、判断プロセスの透明化が図られています。
比例配分(pro-rata share)という中核概念
SSS改定案の最大の特徴は、「比例配分(pro-rata share)」という考え方の導入です。これは、SSSに該当する非化石電源の環境価値を、特定の企業が平均以上に主張できないようにする仕組みです。
パブリック・コンサルテーションでは、次の点が明確に示されています。
- 報告企業は、自身の電力消費量に応じた平均的なシェアまで主張できる
- 平均シェアを超える主張は認められない
- ある企業がSSS由来の主張を放棄しても、その分を他社が自発的調達として主張することはできない
この整理は、SSSを競争の対象から切り離すことを意図しています。SSSは「誰かが努力して獲得する価値」ではなく、「社会として既に存在している供給条件」として扱われる、という思想が背景にあります。
SSSの割り当て方法
サプライヤーと第三者データの役割
SSSに含まれる非化石電源を、どのように各企業に割り当てるかについて、パブリック・コンサルテーションでは二つの方法が提示されています。
一つは、電力供給者(サプライヤー)による割り当てです。供給者が自社の電源構成に基づき、需要家ごとのSSS比率を示す方法です。もう一つは、信頼できる第三者データを用いた割り当てで、市場全体や地域全体の電源構成データを用いる方法です。
どちらの方法を用いるかは、市場の成熟度やデータ整備状況に応じて判断されるとされており、単一の解を押し付ける整理にはなっていません。
主張手法の優先順位
EACはあくまで最上位
割り当てられたSSS由来の非化石電源をどのように主張するかについて、パブリック・コンサルテーションでは明確な優先順位が示されています。
エネルギー属性証明(EAC)の追跡と償却
サプライヤーによる証明
信頼できる第三者データベース
これは、「可能な限り追跡性の高い手法を使う」というScope 2の基本原則をSSSにも適用しようとするものです。一方で、EACが利用できない場合の現実的なフォールバックも認める、という実務的な配慮も読み取れます。
フォールバック(バックストップ)を巡る未決論点
SSS改定案の中で、現時点でも結論が出ていない論点の一つが、フォールバック(バックストップ)手法です。これは、サプライヤーによる割り当てや第三者データが速やかに利用できない場合に、SSSの整理を機能させるための暫定措置です。
事務局からは、設備の建設年または再稼働年を基準に、自動的にSSSとして扱うかどうかを分けるという考え方が提示されました。具体的には、ある基準年以前に建設・再稼働した電源はSSSとして扱い、それ以降の電源は原則として自発的調達として扱う、という整理です。
ただし、この案については、Scope 2 Technical Working Group(TWG) 内でも意見が分かれており、パブリック・コンサルテーションでも結論は示されていません。建設年という単一の基準で電源の性格を判断できるのか、という根本的な疑問が残っています。
主張上限の導入が意味するもの
SSS改定案が実装された場合、SSSに分類される非化石電源については、主張できる上限値が明確に制限されることになります。これは、これまで可能だった「制度由来の非化石電源を大量に主張する」報告手法に、一定の歯止めをかけるものです。
一方で、これは再生可能エネルギーの価値そのものを否定するものではありません。SSSはあくまで「主張の方法」を整理する概念であり、電力システムにおける非化石電源の物理的価値や気候変動対策上の重要性を減じるものではない、という点は、事務局資料でも繰り返し強調されています。
今後に向けて
パブリック・コンサルテーションでは、SSSに関する追加的な事例、現行基準との比較、具体的な計算例が今後さらに示される見通しが示されています。SSSは、すでに完成したルールではなく、実務と制度の間を埋めるための調整領域にあります。
重要なのは、SSSを「規制強化」として単純に受け取るのではなく、Scope 2の本来の目的である透明性と比較可能性をどう高めるか、という文脈で読み解くことです。SSSは、そのための一つの設計要素として、今後も議論が続いていくと考えられます。