マーケット基準手法:④ 標準供給サービス(SSS) (4)日本からの提言の可能性:質の アワリーマッチングという発想
マーケット基準手法:④ 標準供給サービス(SSS) (4)日本からの提言の可能性:質の アワリーマッチングという発想
日本のFIT・FIP制度を踏まえた「負の側面」と移行期リスクを踏まえた日本初の意見具申の可能性
SSS × アワリーマッチング
移行期に考えられる「救済設計」という発想
標準供給サービス(Standard Supply Service:SSS)がScope 2改定の中で整理されていくと、制度電源由来の環境価値が平均配分(pro rata)として扱われる場面が増える可能性があります。この整理は公平性の観点では理解しやすい一方で、発電所ごとの属性や時間的価値を重視してきたアワリーマッチングの取り組みに、一定の緊張関係を生むことも考えられます。

この場合、上積み部分については、少なくとも時間粒度(同時同量)や系統的な整合性(供給可能性)を満たすことが前提になります。これにより、単なる帳尻合わせではなく、電力システムへの実質的な貢献があった調達であることを説明しやすくなります。こうした整理は、GHG ProtocolのScope 2に関する基本的な考え方や、Standard Development Planで示されている「透明性の向上」という方向性とも大きく矛盾しません。
また、算定上はSSSに含めるとしても、報告書や補足情報の中で、発電所別・時間別の実態を示す補助指標を併記するという整理も考えられます。Scope 2がインベントリである以上、単一の数値だけで全てを表現しなければならない必然性はなく、複数の視点を並置する余地は残されています。
日本向け暫定ルール案(FIT/FIP別)という整理の可能性
日本の電力制度を前提に考えると、SSSの影響はFITとFIPで異なる形で現れる可能性があります。FIT(固定価格買取制度)では、再生可能エネルギーの買取費用が再エネ賦課金として回収され、電力消費者が回避不能な形で負担しています。この点は、制度として社会全体で支えてきた電源であることを示しており、SSSの考え方と親和的です。
仮にFIT特定供給がSSSの対象として整理される場合、まずは地域やグリッド単位で平均配分されるベースラインとして扱い、その範囲内で需要家が主張できる、という整理も考えられます。一方で、発電所別の時間価値や地域価値を重視した相対取引については、追加的な情報や条件を満たす場合に限り、別枠で説明する余地を残す、という考え方も成り立ちます。
FIP(フィードインプレミアム)については、卸市場への参加を前提とし、市場価格にプレミアムを上乗せする制度であるため、FITよりも市場性が高いと整理されることが多い制度です。ただし、プレミアムの原資が制度的である以上、環境価値の帰属をどこまで「自発的調達」と言えるのかは、必ずしも明確ではありません。このため、FIP電源を一律にSSSに含めるのか、それとも中間的な位置づけを与えるのかは、今後の整理次第と言えます。
例えば、制度支援相当分はSSS的に扱い、市場取引を通じて明確に追加性や時間整合性を示せる部分については、上積みとして説明する、という二層的な整理も検討の余地があります。このような考え方は、日本のFIP制度の位置づけを踏まえた現実的な折衷案として捉えることもできます。
Scope 2改定に対して考えられる論点整理の一例
Scope 2改定を巡るSSSの議論は、現時点では結論が固まっているわけではなく、複数の設計パスが併存しています。その中で、日本のように制度電源の比率が高い市場では、SSSをどう整理するかによって、相対PPAやアワリーマッチングの意味合いが大きく変わる可能性があります。
一つの見方として、SSSは「社会として既に達成されているクリーン化の水準」を表す共通ベースと捉え、その上で企業の選択による調達を上積みとして整理する、という考え方があります。この整理を採れば、SSSは競争の対象ではなくなり、競争は上積み部分に集中します。結果として、需要家の支払意思(WTP)や発電所ごとの価値の違いが、より明確に表現される余地も残ります。
一方で、SSSの範囲や境界が不明確なまま適用されると、制度価値を管理・配分する主体に実質的な影響力が集中し、「既得権」のように見える構造が生まれる可能性も否定できません。この点については、段階的な導入や、既存契約への配慮、十分な開示といった運用面での工夫が、結果的に重要になってくると考えられます。
SSSと再生可能エネルギーの「質」をどう捉えるか
量だけでなく中身を見るという視点からの論点整理
さらに、日本の文化・風土の視点から、世界に発信する方向性も一つのアイデアとしてあり得ます。
SSSの導入意図自体は、制度により社会全体で支えられてきた電源の環境価値を、特定の主体が独占的に主張することを避け、一定の公平性を確保する点にあります。
一方で、この整理が「補助金が入っているかどうか」という形式論に寄り過ぎた場合、再生可能エネルギーの中身や質の違いが十分に反映されなくなる可能性もあります。現時点のGHG Protocolの文脈では、欧州を中心に、再エネはまず「量」を確保し、その上で市場を通じて効率化するという考え方が色濃く見られます(GHG Protocol Scope 2の基本的考え方)。しかし、この量重視のアプローチが、すべての地域や文化、エネルギーシステムに最適とは限りません。
再エネは同じ「再エネ」でも中身は大きく異なる
再生可能エネルギーは一見すると均質に見えますが、実際には、その社会的・環境的な中身は大きく異なります。大規模集中型で、地域との関係が希薄な再エネもあれば、地域住民や自治体が関与し、土地利用や生態系への配慮、地域経済への波及効果を意識して作られた再エネも存在します。
後者のような再エネは、単に電力量を供給するだけでなく、
- 地域の合意形成
- 景観や生物多様性への配慮
- 地元消費・地産地消
- 収益の地域内循環
といった要素を含みます。これらは、Scope 2の排出係数という単一の数値では捉えにくいものの、企業や需要家にとっては重要な「質的価値」として評価されてきました。
日本では、こうした考え方は「里山資本主義」や「地域循環共生圏」といった文脈で整理されてきました。再エネを単なるエネルギー供給源ではなく、地域の自然・社会・経済をつなぐインフラとして捉える思想です(地域循環共生圏の考え方(環境省))。
コミュニティ型・シェア型再エネの相対性と追加性
コミュニティ型やシェア型の再エネは、相対性や追加性が高いという特徴を持ちます。特定の需要家やコミュニティが、その電源の成立に直接的・間接的に関与し、意思をもって支えている場合、その再エネは「誰でも使える平均的な電源」とは性格が異なります。
仮に補助金が入っていたとしても、
- その補助金がなければ成立しなかった
- 地域の合意形成やリスク負担が伴っていた
- 需要家がその価値を理解し、選択して消費している
のであれば、その電源を一律にSSSとして平均化することが、必ずしも再エネの実態を正しく反映しているとは言い切れません。現段階では、こうした電源については、「補助金がある=SSS」という単純な二分法ではなく、相対性や追加性の高さを考慮して、SSSの外に位置づける余地があるのではないか、という考え方も成り立ち得ます。
特定供給とSSSの関係をどう考えるか
日本のFIT制度では、再エネ電力は「特定供給」として扱われ、一般送配電事業者を通じて供給されます。この仕組みは制度的であり、費用は再エネ賦課金として広く回収されています。この点だけを見れば、FIT特定供給はSSSに該当しやすいと整理することもできます。
しかし、実務上は、FIT電源であっても、発電所ごとに性格は大きく異なります。それをすべて同列に「SSS」として平均化することが、再エネの質を適切に反映しているかどうかは、慎重に考える余地があります。特定供給という制度区分と、Scope 2上の価値区分を必ずしも一対一で対応させる必要はない、という見方も可能です。
日本の制度に実装されているトラッキング非化石証書の活用の可能性
日本には、すでに再エネの「より分け」を可能にする仕組みが存在します。それが、非化石価値証書を中心としたトラッキング制度です。日本の非化石証書制度では、電源種別(太陽光、水力、バイオマス等)や、FIT由来か否かといった属性が整理され、追跡可能な形で管理されています(非化石価値取引制度(資源エネルギー庁))。この仕組みは、単純な証書制度と比べて、きめ細かい属性管理を可能にしています。言い換えれば、日本では既に「すべての再エネを一括りにする」以外の選択肢が制度的に用意されていると言えます。
この現実を踏まえると、Scope 2改定においても、日本の制度やトラッキングの成熟度を活かし、
- SSSとして平均化する部分
- 発電所別・地域別・コミュニティ別に説明する部分
を分けて整理する余地があるのではないか、という発想も自然です。
西欧型の量重視アプローチとの対立軸
GHG Protocolの議論全体を見ると、欧州を中心とした「まず量を増やす」「市場で均質な商品として扱う」という発想が基調にあります。これは、大規模市場で再エネ導入を加速させるうえでは合理的なアプローチです。
しかし、日本のように、
- 地形制約が大きい
- 系統制約が厳しい
- 地域社会との調整が不可欠
な国では、量だけで再エネを評価することに限界があります。再エネの質や文脈をどう評価するかは、単なる情緒論ではなく、持続的な導入を左右する実務的な論点です。
今の段階で考えられる一つの整理の方向
現時点で結論を出す必要はありませんが、次のような整理も一つのアイデアとして考えられます。
- 制度的に支えられ、需要家が回避不能な形で負担している部分は、SSSとしてベースライン化する
- その中でも、相対性・追加性・地域性が高い電源については、一定の条件下でSSSの外に位置づける、または補助的に説明できる枠を残す
- 日本の非化石トラッキングを活用し、再エネの中身を開示・説明する
こうした整理は、SSSの公平性という趣旨と、再エネの質を尊重する考え方を、必ずしも対立させるものではありません。
おわりに
SSSの議論は、「補助金があるかどうか」「制度電源かどうか」という形式論に寄り過ぎると、再生可能エネルギーの本質的な価値を見失うリスクがあります。再エネは単なる電力量ではなく、社会や地域との関係性の中で成立しているからです。
日本には、里山資本主義や地域循環共生圏といった思想、そして非化石トラッキングという実務的な仕組みがあります。これらを踏まえた整理を行うことで、Scope 2改定の議論に対して、日本ならではの視点を提示する余地は十分にあると言えるでしょう。