マーケット基準手法:④ 標準供給サービス(SSS) (3)SSSー公平なベースラインと分配
マーケット基準手法:④ 標準供給サービス(SSS) (3)SSSー公平なベースラインと分配
Scope 2 SDPが描く「自発性のない電力」の再整理

標準供給サービス(SSS)をどう評価すべきか
「制限される価値」ではなく「社会的に積み上がった価値」としての再整理
Scope 2改定において、標準供給サービス(Standard Supply Services:SSS)は、マーケットベース手法(MBM)に対する制約条件として語られることが少なくありません。しかし、SSSの位置づけを一次原則から丁寧に読み解くと、必ずしもネガティブな存在とは言い切れません。むしろSSSは、電力市場全体で既に達成され、すべての需要家が等しく支えてきたクリーン電力の成果を、公平に反映させるための仕組みとして理解することが可能です。
この見方は、Scope 2が「企業の主観的な努力評価」ではなく、「電力消費に伴う排出特性を一貫したルールで記述するインベントリ」であるという原点に立ち返ることで、自然に導かれます。
SSSが対象とする電源の性質
「選択できないが、確実に支払っている電源」
SSSとして整理される電源の共通点は、需要家が個別に選択した結果ではなく、制度や規制、デフォルト設定によって供給されている点にあります。多くの国・地域では、再生可能エネルギーの導入が公共政策として進められており、その費用は電気料金や賦課金の形で広く薄く回収されています。
このような費用負担は、個々の需要家が回避することができません。電力を消費する限り、一定の金銭的負担を通じて、当該電源の導入を支えています。したがって、これらの電源は「誰か一部の主体が特別に獲得した価値」ではなく、「社会全体で既に積み上げてきた価値」と整理するのが合理的です。
Scope 2の文脈でSSSが論点化されている背景には、まさにこの費用負担と価値帰属の対応関係を、報告上どう表現するかという問題があります。
「主張できない」ではなく「一律に主張できる」という整理
SSSはしばしば、「マーケットベースで自由に主張できない電源」と説明されます。しかし、別の角度から見れば、SSSは「市場に参加するすべての需要家が、共通条件として主張可能なクリーン電力」と捉えることができます。
これは、Scope 2が二つの役割を同時に果たそうとしていることと整合します。一つは、制度や電力構成の結果を反映する役割、もう一つは、企業の調達行動の違いを可視化する役割です。SSSは前者、すなわち「制度の結果」を表す共通ベースとして機能します。
この整理を採る場合、SSSは競争の対象ではありません。企業間で奪い合う価値ではなく、社会的に既に達成されたクリーン化の水準を、まず全員に等しく反映させる部分になります。
平均配分(pro rata)の考え方
計算の方向性とその意味
SSSを共通ベースとして扱う場合、計算の考え方は比較的シンプルになります。基本的な方向性は、「市場単位で算定されたSSS比率を、需要家の電力消費量に比例して配分する」というものです。
概念的には、次のようなステップになります。
- ある市場バウンダリ(国、電力市場、グリッドなど)においてSSSに該当するクリーン電源の総量と比率を把握する
- 当該市場に属する全需要家の電力消費量を基準としてSSS比率を消費量に応じて配分する
- 各需要家は、その配分分までをマーケットベースの主張として計上できる
この方法では、SSS由来の価値は「平均値」として全体に広がります。重要なのは、この部分が企業の意思決定による成果ではなく、社会全体の制度設計の結果として扱われる点です。
自主的調達との関係が明確になる
SSSをこのように整理すると、自主的な再エネ調達との関係も明確になります。PPAや証書取引、時間同時同量の調達などは、SSSという共通ベースの上に積み上げられる「上積み」として位置づけられます。
この二層構造は、Scope 2のメッセージ性を弱めるどころか、むしろ強める可能性があります。なぜなら、制度によって既に達成されている水準と、企業が自ら選択して達成した水準が、より明確に区別されるからです。
結果として、SSSは「努力を無意味にする存在」ではなく、「努力の差分を可視化するための基準線」として機能します。
日本を含む制度環境での含意
日本のように、再生可能エネルギー導入が長年にわたり制度主導で進められてきた市場では、SSSを完全に排除する設計は現実的ではありません。むしろ、これまで社会全体で負担してきたコストの成果を、まず共通ベースとして反映させたうえで、そこから先の調達行動をどう評価するかが問われます。
SSSを「足かせ」と捉えるか、「土台」と捉えるかによって、Scope 2改定の見え方は大きく変わります。後者の見方を採るなら、SSSは日本の電力クリーン化の進展を正当に反映するための重要な構成要素だと言えるでしょう。
おわりに
標準供給サービス(SSS)は、Scope 2改定において最も誤解されやすい論点の一つです。しかし一次原則に立ち返れば、SSSは「主張を制限する仕組み」ではなく、「社会全体で既に達成されたクリーン電力の価値を、公平に配分する仕組み」として理解することができます。
Scope 2がインベントリである以上、この整理は決して例外的な発想ではありません。むしろ、透明性、一貫性、公平性というScope 2の基本原則に沿った、極めて正統的な読み解きだと言えるでしょう。