ロケーション基準手法(LBM):①総論
LBMとは何か?Scope 2改定による影響は?
ロケーション基準手法(LBM):①総論
LBMとは何か?Scope 2改定による影響は?
ロケーションベース手法(LBM)とは何か?
Scope 2改定における「排出係数ヒエラルキー」再設計の意味
Scope 2におけるロケーションベース手法(Location-based Method、以下LBM)は、長らく「現実の電力系統の排出強度を反映する基準」として位置づけられてきました。企業がどのような契約を結んでいるかに関わらず、実際に電力を消費した場所の電力系統が、平均的にどの程度のCO₂を排出しているかを示すものです。2015年に公表された現行のScope 2 Guidanceでは、LBMはマーケット基準手法(MBM)と並ぶ二本柱として整理され、企業は両方を算定・報告することが求められてきました。
しかし、これまでのLBMは「ある程度ラフな現実把握」に留まっていた側面も否定できません。現行ガイダンスでは、排出係数について「利用可能かつ最も適切、正確、高精度で最高品質なものを使うことが望ましい」とされていますが、これはあくまで推奨事項(should)に留まっていました。その結果、多くの国・地域では年平均のグリッド排出係数、場合によっては国単位の平均係数が広く使われてきました。
今回のScope 2改定案では、このLBMの位置づけが大きく変わろうとしています。単なる「平均値」ではなく、「入手可能な中で最も精度の高い排出係数を使うこと」を原則として義務化する方向性が明確に打ち出されています。これは、LBMを“最低限の参考値”から、“実態をより忠実に反映する基準”へと引き上げる動きと読むことができます。

排出係数ヒエラルキーの再設計
地理・時間・係数種類という三つの軸
改定案の中核は、ロケーションベース排出係数のヒエラルキーを明示的に再設計する点にあります。具体的には、排出係数の優先順位を以下の三つの観点で整理する方向性が示されています。
第一に、地理的境界です。排出係数は、可能な限り消費地点に近い地理的範囲を反映したものを使うべきだとされます。国平均よりも、地域平均、さらには送配電エリア単位の係数が入手可能であれば、そちらを優先するという考え方です。これは、同じ国の中でも電源構成が大きく異なる場合があるという現実を反映したものです。
第二に、時間的粒度です。年平均よりも月別、月別よりも時間別といったように、より細かい時間解像度の排出係数が入手可能であれば、それを使うことが求められます。再エネ比率や火力の稼働状況は時間帯によって大きく変わるため、時間的粒度を上げることで、実態に近い排出量算定が可能になります。
第三に、排出係数の種類です。特に重要なのが、電力の輸出入を考慮した「消費ベース排出係数」を、考慮していない「生産ベース排出係数」よりも優先するという点です。現行ガイダンスでは、グリッドを跨ぐ輸出入を考慮することは推奨事項に留まっていましたが、改定案では明確に、輸出入を考慮した係数を優先的に使うことが要求されています。
この三つの軸を組み合わせることで、LBMは「地理的にも時間的にも、そして物理的な電力フローの観点からも、より現実に近い排出係数」を使う手法へと進化しようとしています。
「入手可能(accessible)」という新たな条件
改定案で特に強調されているのが、「入手可能(accessible)」という概念です。単に精度が高いというだけではなく、その排出係数が公的に利用可能であり、無料で使用でき、信頼できる情報源から提供されていることが求められます。また、その排出係数に対応する活動データ(電力使用量など)も、同じ時間粒度・地理粒度で入手可能である必要があります。
これは、企業に過度なコストや不可能なデータ取得を強いることを避けつつ、可能な範囲で最大限の精度を求める、というバランスを取った設計です。一方で、既に詳細な排出係数を公表している国・地域では、その精度の高さゆえに、より厳しい条件でLBM算定を行うことが事実上求められる可能性もあります。
「入手可能」とは何か:GHGプロトコル事務局の準公式見解
入手可能なとは何か?に関しては、Q&Aの形で、以下のような準公式見解が示されています。これから詳細が定まっていく模様です。
16. 提案された改訂では、私の地域における「アクセス(入手)可能な」排出係数についてどのように説明していますか?
排出係数は、無料で公開され、信頼できる情報源から得られる場合、「アクセス可能」とみなされます。スコープ2パブリックコンサルテーションでは、この要件の中核となる原則を概説し、これらの原則がデータの完全性と実現可能性を確保するために適切かつ十分であるかどうかについて、関係者からのフィードバックを求めています。
コンサルテーションはこれらの基本原則の確認に重点を置いていますが、排出係数データプロバイダーに対する詳細な技術要件と手続き要件は、スコープ2標準策定計画に概説されているように、スコープ2ワークストリームのフェーズ2で策定されます。
GHGプロトコルは、回答者に対し、コンサルテーションのフィードバックを活用して、新しいスコープ2標準で信頼できる情報源をどのように定義すべきかを提案し、自国の信頼できる情報源の例を共有することを推奨しています。
日本の電力業界へのインパクト
「できてしまう国」が抱える不均衡
日本は、LBM改定の文脈において、やや特殊な立場にあります。年間平均ではあるものの、国が制度として電気料金メニューごとの排出係数を算定・公表しており、さらに旧一般電気事業者(エリア電力会社)単位での時間発電量も整備され、一部には時間総CO2排出量を算定・公表する取り組みも行われているため、「地理的に細かい係数が入手可能な国」と見なされ得るからです。
これは一見すると先進的に見えますが、別の見方をすれば、「日本だけが正直に、かつ詳細に数字を出しているがゆえに、より厳しいLBM適用を求められる」という不公平感を生む可能性もあります。多くの国では、依然として国平均係数しか公表されていない中で、日本企業だけがエリア別・高精度の係数を使わざるを得ない状況になれば、国際比較の観点で不利になる場面も想定されます。
特に、原子力の稼働率が低く、火力依存度が相対的に高いエリアでは、LBM排出係数が高く算定されやすくなります。これは企業努力とは無関係に、立地や系統構造によって排出量が左右されることを意味します。
発電・小売・需要家への技術的影響
このLBM改定は、発電事業者、小売電気事業者、需要家のすべてに影響を与えます。
発電事業者にとっては、LBMがより精緻化されることで、地域ごとの電源構成がより明確に排出係数へ反映されるようになります。これは、特定地域における発電投資の評価や、系統全体の脱炭素戦略を考える上での前提条件を変えます。
小売電気事業者にとっては、顧客への排出係数説明の前提が変わります。これまで「全国平均」や「参考値」として説明してきたLBM係数が、「最も精度の高いものを使う義務」となれば、料金メニューごとの説明責任や、他国企業との比較の際の説明がより複雑になります。
需要家にとっても、LBMはもはや単なる補足情報ではありません。MBMでどれだけ努力しても、LBMが高止まりすることで、Scope 2全体の印象が左右されるケースが増える可能性があります。特にグローバル企業にとっては、「なぜ日本拠点のLBMがこれほど高いのか」を説明する場面が増えることが想定されます。
制度の改訂は2027年、施行は2030年とまだ先のことではありますが、電力システム・市場の大変動をもたらしかねず、それは各事業者のビジネスモデルにも大きなインパクトが発生しうることです。
当協議会では、
・発電事業者にとってのLBMの意味
・小売電気事業者の排出係数設計と説明責任
・需要家の立地戦略や電力調達への影響
といった観点から、会員同士の意見交換により、具体的に掘り下げております。
LBMは「契約に依らない現実」を映す鏡であるがゆえに、その精緻化は制度として避けられない流れです。一方で、その精緻さが新たな不均衡を生まないかどうか、慎重な議論が求められています。
(ご案内)
一般社団法人アワリーマッチング推進協議会では、アワリーマッチングを通じた電力システムの実践的な脱炭素化に向け、国内外の多様なステークホルダーと継続的に情報交換・意見交換を行っています。
GHGプロトコルScope2改訂やそれに関連する国内外の諸制度・規制等に関する国際的な議論の動向を把握するだけでなく、日本の電力制度や事業実務の現実を踏まえた視点を共有し、より現実的で納得感のある制度設計につなげることを重視しています。
こうした議論の内容は、会員同士での情報共有・意見交換を通じて深化させるとともに、広報・広聴の観点から一部を対外的にも発信しています。
関係されるステークホルダーの皆様におかれましては、是非協議会への入会をご検討いただければ幸いです。
- 入会に当たっての費用(入会費・年会費等)は発生しません(2025年12月時点。今後は規定変更の可能性があります。)
- ただし、勉強会・イベント・セミナー等への参加や一部のレポート等は有料となる場合があります。
- 入会に当たっては、当協議会の規程に基づき審査がございます。詳しくは「問い合わせ」欄からメールにてお問い合わせください。
- これとは別に取材や組織内外セミナー講師派遣にも対応いたしております。詳しくは「問い合わせ」欄からメールにてお問い合わせください。