(2)AMIとインベントリはどう共存するのか:Scope 2改定後に企業・電力事業者に何が求められるのか

AMI・MIMから読み解くScope 2改定の思想

· AMI総括,AMI

AMIとインベントリはどう共存するのか
Scope 2改定後に企業・電力事業者に何が求められるのか

Scope 2改定を巡る議論が進む中で、「インベントリ(排出量算定)」と「インパクト(行動の影響評価)」をどのように整理すべきかが、これまで以上に重要な論点として浮かび上がっています。GHGプロトコルはこの整理を意図的に分離し、従来のScope 1・2・3インベントリ基準とは別に、Accounting and Market Instruments Initiative(AMI)という新たな枠組みを立ち上げました。この二つは競合するものではなく、役割の異なるレイヤーとして併存する設計になっています。

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一方で、AMIはまったく異なる問いを扱います。AMIが対象とするのは、「ある行動や調達、契約が電力システムや排出量にどのような影響を与えたのか」という結果・影響の評価です。これは、Scope 2のような配分型会計では扱えない領域であり、マージナル排出係数や反実仮想(その行動がなかった場合)といった概念を前提とします。Scope 2 Technical Working Groupの中でも、こうしたマージナルインパクトの議論はインベントリ基準とは相容れないとして切り離され、AMIに移管されました(SDPでの整理はこちら)。

この整理を踏まえると、企業や電力事業者に新たな「二重義務」が課されるのではないかという懸念が生じがちです。しかし、現時点でGHGプロトコルが明確にしているのは、AMIはインベントリ報告の必須要件ではないという点です。企業は引き続き、Scope 2に基づきLBMとMBMの排出量を算定・開示する義務を負いますが、AMIに基づく影響評価を追加で算定・公表することは義務化されていません。

では、なぜAMIがこれほど注目されているのでしょうか。その背景には、Scope 2改定がインベントリとしての厳格性を高める方向に進んでいるという事実があります。同時同量、供給可能性、残余ミックス、標準供給サービス(SSS)といった新たな論点は、いずれも「過度なクレームを抑制する」方向に働きます。その結果、Scope 2の数値だけでは、企業がどれほど積極的に電力システムの脱炭素化に貢献したのかを説明しにくくなります。この説明の空白を埋める役割を担うのがAMIです。

企業(需要家)の立場から見ると、将来的に求められるのは「二つの異なる説明」を使い分けることです。一つは、Scope 2に基づく公式な排出量の開示です。これは規制対応や比較可能性のために不可欠であり、数値の保守性が重視されます。もう一つは、AMI的な視点からの補足説明です。例えば、あるPPAがなければ発電所が建設されなかったこと、時間帯を選んだ調達が系統のピーク排出を抑制した可能性などを、定量または定性的に説明することが想定されます。これは「排出量を減らしたと主張する」ためではなく、「自社の行動が何を変えたのか」を説明するための情報です。

発電事業者にとって、AMIは直接的な算定義務を生むものではありません。しかし、需要家がAMI的な説明を行おうとする際、発電所の建設経緯、稼働パターン、系統への影響などの情報提供を求められる場面は増えていくと考えられます。これは新たな規制義務というよりも、発電事業者の価値訴求のあり方が変わることを意味します。単に低炭素であることではなく、「なぜその電源が意味を持つのか」を説明できるかどうかが、競争力に影響する可能性があります。

電力小売事業者も同様です。Scope 2上の排出係数は、供給者による割当や残余ミックスの公表など、制度的に定められたルールに従う必要があります。一方で、AMI的な視点では、どのような調達ポートフォリオを組み、どの需要家にどの電源を結びつけたのかという設計思想そのものが問われます。将来的には、単なる排出係数の低さではなく、調達行動が系統全体に与える影響をどう説明できるかが、小売事業者の差別化要因になる可能性があります。

ここで重要なのは、AMIがインベントリを「上書き」するものではないという点です。Scope 2の数値が悪化した場合でも、AMI的な説明によってそれを相殺したり、補正したりすることはできません。両者は別のレイヤーとして併存し、それぞれ異なる目的を果たします。この構造は、Scope 2を安易に「インパクト評価」に引きずられないための、安全装置でもあります。

今後の方向性として想定されるのは、AMIが「任意だが無視できない」領域になっていくことです。法的義務としての開示要件になる可能性は低い一方で、投資家、顧客、政策当局との対話の中で、AMI的な説明が事実上求められる場面は増えていくでしょう。特に、Scope 2改定によってクレームの自由度が下がるほど、企業は「数値以外で何を語れるか」を問われるようになります。

総じて言えば、AMIとインベントリの関係は、「二重会計」ではなく「二層構造」と理解するのが適切です。インベントリは排出量の共通言語としての役割を担い、AMIは行動の意味を語るための補助線を提供します。発電事業者、電力小売事業者、企業のいずれにとっても、重要なのはどちらか一方を選ぶことではなく、この二層構造を前提に自らの立ち位置と説明戦略を考えていくことだと言えるでしょう。

GHGプロトコル事務局の準公式見解

AMIにおけるエリア外のプロジェクト開発の影響評価に関しては、Q&Aの形で、以下のような準公式見解が示されています。

9. 企業が自社の市場境界外でクリーンエネルギー プロジェクトを支援したい場合、提案された改訂に基づいてこれらのプロジェクトから得られる EAC をどこに報告すればよいですか。

電力消費エリア外でのプロジェクト開発は、依然として重大な排出への影響をもたらす可能性があります。独立基準委員会(ISB)は、こうした活動の影響を評価・反映するための明確な会計・報告方法の必要性を強調し、その影響はプロジェクトや状況によって異なる可能性があることを認識しています。これらの活動は報告組織のバリューチェーン外(すなわち、市場の境界外)で行われるため、スコープ2基準改訂案におけるインベントリ会計の対象にはなりません。「行動と市場手段」技術ワーキンググループは、スコープ2作業部会(TWG)のサブグループが開始した、結果的な活動に関する会計方法の更なる開発作業を推進しており、「結果的な電力セクター排出影響に関する協議」は、この進行中の作業に情報を提供するものです。

(ご案内)

一般社団法人アワリーマッチング推進協議会では、アワリーマッチングを通じた電力システムの実践的な脱炭素化に向け、国内外の多様なステークホルダーと継続的に情報交換・意見交換を行っています。

GHGプロトコルScope2改訂やそれに関連する国内外の諸制度・規制等に関する国際的な議論の動向を把握するだけでなく、日本の電力制度や事業実務の現実を踏まえた視点を共有し、より現実的で納得感のある制度設計につなげることを重視しています。

こうした議論の内容は、会員同士での情報共有・意見交換を通じて深化させるとともに、広報・広聴の観点から一部を対外的にも発信しています。

関係されるステークホルダーの皆様におかれましては、是非協議会への入会をご検討いただければ幸いです。

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