マーケット基準手法:⑤ 残余ミックス (2)パブリックコンサルテーション:設問から垣間見える「落としどころ」

· 残余ミックス,MBM

マーケット基準手法:残余ミックス
パブリック・コンサルテーション—設問から計算フローを起こす
市場境界、未公表時フォールバック、時間精度、二重計上防止を、実務手順に落とす

パブリック・コンサルテーションでの「設問」と「条文案」から、以下の方向に議論が進むことが予測されます。

  1. 定義更新の考え方
  2. フォールバック(残余ミックスがない場合の算定)
  3. 時間精度の扱い二重計上防止のための順序

が、計算の前提として書き込まれています(Public Consultation本文)。ここでは、「計算の順序」を先に固定し、その順序がなぜ必要なのかを、条文案ロジックに沿って説明します。

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市場境界と時間区分が、残余ミックスの“住所”になる

残余ミックスは「どこでも同じ係数」ではありません。条文案は、残余ミックスを「関連する市場境界と時間区分の中で、契約手段で主張されていない電力のGHG強度」として扱います(Public Consultation本文)。ここが最初の分岐です。自社の拠点ごとに、どの市場境界で排出係数を当てるのか。使用量データは時間別で持てるのか、持てないならどう展開するのか。

この決め方がブレると、同じ企業でも拠点ごとに未カバー分の係数が変わり、監査や保証の説明が難しくなります。

2. 次にやること

自発調達とSSSを先に差し引いて、最後に残余ミックスへ落とす

残余ミックス定義更新の核心は、二重計上防止です。条文案は、残余ミックスが「契約手段でカバーされない電力使用量のデフォルト値」であり、二重計上を避けるための仕組みとして位置づけています(Public Consultation本文)。

実務フローに落とすと、順番は次のように固定されます。

  1. ステップA:SSSがある場合、まずSSSの割当量を確定する
  2. ステップB:次に、自発的調達として適格な契約手段(Quality Criteriaを満たすEAC等)でカバーできる量を確定する
  3. ステップC:総使用量からAとBを引き、未カバー分(unmatched)を算出する
  4. ステップD:未カバー分に残余ミックス係数を適用する

この順番が大切なのは、残余ミックスは「最後の受け皿」だからです。先に残余ミックスを当ててしまうと、あとからEAC等で主張する際に二重計上が起こります。順番は単なる作法ではなく、制度の整合性そのものです。

3. 残余ミックス係数の時間精度

“係数は高精度を推奨、突合は要求しない”という二段構え

パブリック・コンサルテーション本文では、残余ミックス係数は、その市場境界で利用可能な「最も高い時間精度」を反映するのが望ましい、という方向性が明記されています。一方で、残余ミックスの計算にアワリーマッチングは要求しない、とも明確に書かれています(Public Consultation本文)。

この二段構えは、制度を動かすための現実的な設計です。未カバー分は必ず出る。未カバー分まで突合義務をかけると、未整備市場では算定が止まる。だから、突合義務は「証書で裏付けられた主張」に限定し、残余ミックスは“最後の受け皿”として成立させる。この発想は、事務局の解説記事でも「同時同量は残余ミックス等のデフォルト係数には適用しない」という説明として整理されています(Hourly matching & deliverabilityの解説記事)。

GHGプロトコル事務局の準公式見解

これに関しては、Q&Aの形で、以下のような準公式見解が示されています。

14. 提案されている改正では、残余ミックス排出係数を時間ごとに一致させることが必須となっていますか?

いいえ。提案されている改訂では、残余ミックス排出係数を使用する際に時間ごとのマッチングは不要です。残余ミックス排出係数は、関連する市場境界(時間、月、年など)において利用可能な最高の時間精度を反映する必要がありますが、組織は時間ごとに電力使用量を残余ミックスにマッチングさせる必要はありません。

自主的な契約手段または標準供給サービスと照合されない活動データについては、報告主体は年間または月間の電力消費データを使用し、年間または月間の残余ミックス係数を適用することができます。例えば、契約手段でカバーされる時間については時間ごとの照合を使用し、それ以外の時間については年間残余ミックス係数を適用するなど、同じ報告年度内で異なるアプローチを適用することも可能です。

4. 残余ミックスが公表されない場合のフォールバック

未カバー分が「火力ベース」へ落ち、残余ミックスより排出係数が高くなる可能性

今回の提案で、実務インパクトが最も大きいのがここです。本文では、残余ミックスが利用できない場合に、グリッド平均へ戻るのではなく、化石燃料ベースの排出係数へフォールバックする設計が示されています。さらに「一般的なロケーション平均(グリッド平均)は使わない」と明記されています(Public Consultation本文)。

このルールは、企業にとってはリスク管理の論点になります。なぜなら、未カバー分が増える局面で、残余ミックスが整備されていない地域では、排出係数が一段高い“火力ベース”に落ちる可能性があるからです。そして火力ベース係数は、理屈上「本来の残余ミックス」より高くなり得ます。残余ミックスは市場に残った構成を反映するはずで、そこに一定の非化石分が含まれる場合がある一方、火力ベース係数は非化石分を考慮しない(または保守的に捨てる)設計だからです。

この点は、投票補足資料でも賛否がある論点として扱われています。保守的だが精度を損なう、という懸念が明示されています(Supporting Information(TWG投票補足))。

5. 二重計上防止を“計算ルール”として固定する

残余ミックス更新定義の目的に戻る

残余ミックス定義更新の目的は、二重計上防止です。これがぶれると、同時同量や供給可能性を厳格化しても、報告全体の信頼性は上がりません。だから、パブリック・コンサルテーション本文では、残余ミックスを「契約手段でカバーされない電力のデフォルト値」として置き、順序(自発調達・SSSを先に処理し、最後に残余ミックス)をルールとして固定する方向になっています(Public Consultation本文)。

実務上のチェックポイントは以下の通りです。

  • 同じMWhが、契約手段でも残余ミックスでも、二重に排出削減として扱われていないか。
  • 残余ミックスの分母・分子が、既に主張された属性をきちんと控除しているか。
  • フォールバックの選択が恣意的になっていないか。

6. 実務で回すための計算フロー案

最後に、ここまでのロジックを、現場が回せる形に落とします。パブリック・コンサルテーションの方向性に沿うなら、計算の流れは次のようになります。

  1. 拠点ごとに市場境界を確定する
  2. 使用量を時間区分に展開する(時間別が理想。持てない場合は実行可能性措置を使う)
  3. SSSがある場合、SSS割当量を確定する
  4. 自発調達として適格な契約手段でカバーできる量を確定する
  5. 未カバー分=総使用量−SSSカバー−自発調達カバー
  6. 未カバー分に残余ミックス係数を適用する(係数は可能な限り高い時間精度)
  7. 残余ミックス係数がない場合、化石燃料ベース係数へフォールバックする(グリッド平均へは戻らない)

このフローを見れば、残余ミックスが「最後の受け皿」である理由が、実務として理解できるはずです。そして、残余ミックスが整備されない市場では未カバー分が火力ベースに落ち、排出係数が残余ミックスより高くなり得る、という懸念も、計算構造として自然に見えてきます。

残余ミックスの算定方法の如何によって、国別・グリッド別の排出量の有利不利が決定的になります。従って、慎重に影響を分析して、積極的に対外発信をしていく必要があります。