マーケット基準手法:⑤ 残余ミックス (1)SDPー設計図を読み解く

Scope 2 SDPが描く残余ミックスの在り方

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マーケット基準手法:残余ミックス
SDP—設計図を読み解く

残余ミックス(Residual mix)は、Scope 2のマーケット基準手法(MBM)における「最後の受け皿」です。企業がEACやPPAなどの契約手段でカバーできた電力使用量(matched)と、そうではない使用量(unmatched)に分けて報告する世界観が強くなるほど、未カバー分は必ず出ます。その未カバー分を、恣意的でなく、二重計上も起こさず、できる限り現実に近い形で排出係数へ落とすために存在するのが残余ミックスです。

この位置づけは、2015年版のScope 2 Guidanceでも一貫していますが、2024年12月のScope 2 Standard Development Plan(SDP)では、残余ミックスを「補助的な係数」ではなく、MBMの信頼性を支える構造要素として、より前面に出して整理し直す方向性が示されました。SDPは結論(条文)を出す文書ではなく、改定の設計図です。だからこそ、残余ミックスについても「何を先に固めないと、後で制度が破綻するか」を先に示している、と読むと理解が速くなります。

ここでは、SDPの設計図が示す残余ミックスの論点を、次の二本立てで整理します。

残余ミックスの定義更新

  1. 残余ミックスの定義更新
  2. 残余ミックスが公表されていない場合の算定手法

何を“残り”と呼ぶのかは、市場境界とセットで決まる

残余ミックスは「市場に存在する電力の平均」ではありません。正確には、「その市場で、誰かが正当に主張した(あるいは主張可能な)属性を取り除いた残り」です。ここで重要なのが、市場境界(market boundary)です。どこまでを同じ市場とみなすかが決まらない限り、何を控除して、何を残すのかが決まりません。

SDPが、残余ミックスを同時同量や供給可能性と同列に論点化する背景には、この順序の問題があります。今後、時間同時同量や供給可能性の要件が強まると、適格な契約手段でカバーできない電力使用量は増えます。その増えた未カバー分は残余ミックスに落ちます。ところが残余ミックスの定義が曖昧なままだと、未カバー分の排出係数が地域ごとに恣意的に揺れ、比較可能性が崩れ、最悪の場合は二重計上が起こります。

この問題意識は、SDPに続く資料でも繰り返し強調されています。たとえば、改定の全体像を平易に説明するOverview記事(Upcoming Scope 2 Public Consultation)では、残余ミックス定義の更新が「二重計上リスクを下げる」ことと結び付けて説明されています。また、パブリック・コンサルテーションの本文でも、残余ミックスが「契約手段でカバーされない電力使用量のデフォルト値」であり、二重計上防止のために必要だという論理が中心に据えられています(Public Consultation本文)。

実務者の目線で言い換えると、残余ミックスの定義更新は、次の問いに答える作業です。
どの市場境界の中で、どの主張(自発的調達、SSS割当など)を先に差し引き、最後に残る電力を「残余ミックス」として扱うのか。

2. 残余ミックスが公表されていない場合の算定

「残余ミックスがないなら火力へ」になり得る構造と、その意味

SDPを読む上で、実務的に最も重要なのはここです。残余ミックスは、欧州の一部地域のように整備・公表が進んでいる市場もあれば、公式の残余ミックス係数が十分に整っていない市場もあります。もし、残余ミックスが整備されていない市場で、同時同量や供給可能性の要件だけが強くなり、未カバー分が増えていったらどうなるでしょうか。未カバー分を落とす先がないので、制度が実装できません。

この「制度を動かすための最後の出口」として、改定案ではフォールバック(代替計算)の議論が前に出ています。そしてパブリック・コンサルテーションに進んだ段階では、残余ミックスが利用できない場合に、グリッド平均(location-basedの平均係数)へ戻るのではなく、より保守的な係数、すなわち「化石燃料ベースの排出係数」にフォールバックする方向性が明確に示されました(Public Consultation本文)。

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このロジックは、改定案の支持・懸念をまとめた資料でも「化石係数は保守的だが精度を大きく損なう」という論点として議論されています(Supporting Information(TWG投票補足))。

3. 残余ミックスはアワリーマッチングの対象外になり得る

なぜ「係数は時間精度を上げても、突合は要求しない」のか

もう一つ、残余ミックスについて誤解が生まれやすい点があります。それは「残余ミックスにも時間同時同量(hourly matching)が必要なのか」という問いです。

改定案では、残余ミックスの排出係数(EF)は、その市場境界で利用可能な「最も高い時間精度」を反映するのが望ましい、という方向性が示されています。一方で、残余ミックスの計算においては、時間同時同量の突合(アワリーマッチング)を要求しない、という整理が明確に書かれています(Public Consultation本文)。

この切り分けには理由があります。残余ミックスは、そもそも「契約手段でカバーできなかった未カバー分」を受け止める仕組みです。未カバー分にまでアワリーマッチングを要求してしまうと、データ整備が追い付かない市場・企業では、未カバー分の算定自体が成立しません。結果として、制度全体が動かなくなります。つまり、残余ミックスは、制度を動かすための“現実的な底”として残されている面があります。

この点は、改定の狙いを説明する事務局の発信の中でも、同時同量は「証書で裏付けられたMBM主張」に適用し、残余ミックス等のデフォルト係数には適用しない、という説明として整理されています(Hourly matching & deliverabilityの解説記事)。

4. まとめ

SDPの段階で押さえるべき“残余ミックスの設計思想”

SDPの設計図から実務者が先に持っておくべき理解は、次の4点に集約できます。

  1. 残余ミックスは、MBMの「最後の受け皿」であり、同時同量・供給可能性が厳格化するほど重要になる。
  2. 残余ミックスの定義更新は、市場境界とセットで整理しないと二重計上防止が崩れる。
    残余ミックスが整備・公表されない市場では、未カバー分が火力ベース係数へフォールバッし、残余ミックスより排出係数が高くなる可能性がある。
  3. 残余ミックスは、係数の時間精度が上がる可能性はあっても、未カバー分へのアワリーマッチングは要求しない整理になり得る。制度を動かすための現実的な設計である。