マーケット基準手法:同時同量 (1)SDPー設計図を読み解く
マーケット基準手法:同時同量 (1)SDPー設計図を読み解く
― Scope 2改定の設計図を読む ―
MBMの「同時同量」は、SDPでどう位置づけられたのか
― Scope 2改定の設計図を読む ―
GHG ProtocolのScope 2改定を理解するうえで、最初に確認すべき文書が、2024年12月に公表されたScope 2 StandardのStandard Development Plan(以下SDP)です。SDPは、これから作られるScope 2 Standard(第二版)に向けて、「何を改定対象とし、どの論点を、どの順序で議論するのか」を整理した設計図にあたります。条文案ではなく、あくまで改定プロセス全体の枠組みを示す文書であり、GHG Protocolの公式な標準策定プロセスの中核をなすものです。
このSDPは、GHG Protocolの公式な標準策定・ガバナンス文書群の一部として、Standards Development and Governance Repositoryに掲載されています。この段階で何が「正式な論点」として採用されたかは、その後のパブリックコンサルテーションや最終基準の方向性を理解するうえで極めて重要です。
SDPの中で、マーケットベース手法(Market-based method、以下MBM)に関して注目すべき点は、「同時同量(1時間単位のマッチング)」が、単なる一部の提案や参考論点ではなく、正式な改定検討テーマとして明確に位置づけられていることです。SDPでは、2022年から2023年にかけて実施されたグローバルなステークホルダー調査や意見募集の結果が整理されており、MBMに関する改善要望として、複数の具体的な方向性が列挙されています。

その中で特に重要なのが、エネルギー属性証書(EAC)などの契約手段について、電力消費との時間的整合性を高めるべきだという要望です。具体的には、電力消費とEACを年単位で対応づける従来の考え方に対して、より細かい時間粒度、すなわち1時間単位でのマッチングを求める、あるいは推奨すべきだという意見が、明確に整理されています。これは、SDPの中で「MBMの技術的改善(Market-based method technical improvements)」の一部として位置づけられています。
重要なのは、SDPが「同時同量」という論点を、時間的要件だけの問題として扱っていない点です。SDPでは、時間的な整合性とあわせて、「物理的に供給可能な市場境界(deliverability)」の中でマッチングされているかどうかが、同時に検討すべき要件として整理されています。つまり、単に同じ時間帯のEACを保有していればよいという話ではなく、その電力が、当該消費地点に物理的に届けられうる系統・市場の範囲内にあるかどうかが、同時同量と不可分の条件として扱われています。
この考え方は、SDPにおいてMBMの改定論点が「Scope 2 Quality Criteria」の見直しとして整理されていることと深く関係しています。Scope 2 Quality Criteriaは、MBMにおいて使用される契約手段が、排出係数の算定に使えるかどうかを判断する基準です。SDPでは、このQuality Criteriaについて、市場境界、ビンテージ、影響、追加性、新規性といった観点を含め、全体的な再検討を行う方針が明示されています。
同時同量は、このQuality Criteriaを実質的に更新するための中核論点として位置づけられています。すなわち、MBMにおいて「どの契約が有効か」を判断する基準を、より厳密にし、電力系統の時間変動や供給構造の現実に近づけるための手段として、時間的整合性が正面から検討対象になったということです。この段階では、同時同量が義務化されるか、推奨にとどまるかといった結論は出ていませんが、「Quality Criteriaを通じて扱うべき論点」として正式にテーブルに載ったこと自体が、極めて大きな意味を持ちます。
また、SDPを読む限り、同時同量は単純な厳格化のスローガンとして提示されているわけではありません。SDP全体を貫く目的として、「解釈の余地を減らすこと」「検証可能性を高めること」「他の開示制度や目標設定プログラムとの相互運用性を高めること」が掲げられています。そのため、同時同量についても、実務での導入可能性や段階的な適用、補助的なガイダンスの必要性を含めた検討が前提とされています。
これは、Scope 2改定全体の文脈とも整合しています。SDPでは、Scope 2はあくまでアトリビューショナルなインベントリであり、回避排出量や誘発排出量といったコンセクエンシャルな評価は、Actions and Market Instruments(AMI)という別の枠組みで扱うという整理が明確に示されています。そのうえで、MBMは「契約に基づく主張」を完全に否定するのではなく、より厳密な条件のもとで、インベントリとしての信頼性を高める方向で再設計される、という位置づけになっています。
なぜ、ここまで同時同量が重視されるようになったのでしょうか。その背景として、SDPでは、Scope 2 Guidanceが2015年に公表されて以降の約9年間で、電力市場、再生可能エネルギー調達、データの可用性、そして気候関連開示制度が大きく進展したことが指摘されています。年単位のマッチングを前提としたMBMは、当時は一定の合理性を持っていましたが、現在では、企業間比較や規制対応の観点から、その限界が意識されるようになっています。
SDPにおける同時同量の位置づけを整理すると、それは「すでに決まったルール」ではなく、「これから標準として成立させるために、避けて通れない設計論点」と言えます。時間的整合性と供給可能性をどう定義し、どこまでを要求し、どのように移行させるのか。そのすべてが、SDPによって正式な検討対象としてセットアップされ、次の段階であるパブリックコンサルテーションへと引き継がれています。
次に読むべき文書は、SDPに基づいて作成されたScope 2 Public Consultationです。そこでは、同時同量が、Scope 2 Quality Criteriaの具体的な改定案として、どのような条文・要件・免除設計として提示されているのかが、はっきりと書かれています。SDPが設計図だとすれば、パブリックコンサルテーションは、その設計図を条文化する最初の試作品だと言えるでしょう。